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朝方、飯を食いながらオヤジが何か言いたげにしていたので、聞いてみたが言葉を濁らせるばかりだった。
いつもずばずばと遠慮なく言うくせに、なんなのか。
「――もしかして再婚?」
「えっ」
「あ」
 声に出してから、ここが職場だったことに気がついた。
 オフィス内の数人から注目されて慌てて手を振る。
「いや、オレじゃないっす。オレじゃなくて」
「なんだ?友達が結婚するのか?」
「案外藤原君のことかもしれませんよ」
「彼は初婚もまだだろう」
「いやオレじゃないですって!」
「藤原君はこれから二十歳だし、まだまだ結婚なんて考えられないよねえ」
「ハハ・・・」
 結婚、か。
 
 
 
 
 
 
 
「ただいま」
「おう」
 帰ると、オヤジは朝の挙動不審が嘘のようにいつも通りだった。
 明日の準備をしているオヤジの後姿を見ながら晩飯を作る。普段のオレの仕事だ。
 出汁も味噌も炊いてある飯もいつも通りの夜、売れ残りの豆腐をオヤジから差し出されたときに異変が起きた。
「警察には行かなくていいのか?それとも孫を期待しないほうがいいのか?」
「・・・は?」
 オヤジが目を合わせない。首がどうとか言うので、手で首筋をさすった。
 確かに昨日風呂に入ったとき、痛む箇所があった。蚊か何かに刺されたのだと思っていたけれど。
「歯型だろそれ」
「・・・・マジで?」
「おい、それでどっちなんだ」
 包丁を持ったまま洗面所に走り、自分の首の後ろなんてどうしても見えないことに気づいて戻ると、オヤジはタバコを吸っていた。
「あー・・・これはえっと」
「いくつか考えたんだ」
「?」
「お前が男に、そのー、レイプされたのか。もしくはお前がそっちの趣味なのか。もしくは」
「・・・もしくは?」
「彼女が女王様か」
 白くなった脳みそにちょうど沸騰した音が入って、火を止めた。本当は沸騰する前に豆腐を入れるつもりだったのに。
「どれでも・・・ないかな」
「そうなのか」
「うん、たぶん」
「警察に行く必要は」
「それは無い」
「・・・そうか」
 頷いて、改めてオヤジから豆腐を受け取った。オヤジも内心焦っていたのだろう。さっきまでタバコを持っていた手でそのまま豆腐を渡して来たのは初めてだ。
「お前も色々考える歳になったんだな」
「ヤメロよオッサンくさい」
「オッサンだぞオレは」
 オヤジがぶつくさいうのを聞いた。いつものオヤジの顔だった。
「オレも・・・まあ色々考えてることはあるし」
「火遊びならほどほどにな」
「そんなんじゃねーよ」
 切った豆腐を鍋に入れる。飯はオヤジが炊いておいてくれているので、後は冷蔵庫を見て何か適当に作ろう。いつものように。
 こっそりとついた溜息は同時にオヤジからも聞こえてきて、自然と目が合ったので全然こっそりじゃなかったことがわかった。
 ある意味公認のようなものだけれど。父親に性生活を見られるなんて恥ずかしいにも程がある。
 ただまずは。
(飯を食ったら啓介さんに電話しよう)
 今度痕をつけたらただじゃおかない、と。
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