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意を決して電話をかけた。
かけるか部屋で学校で何をしてても悩むこと2日。
電話を前に利守や父に不審がられること1時間。
そんな決心は“おかけになった電話番号は現在使われておりません”という女性のアナウンスで打ち砕かれる。
受話器を握りしめてあんの野郎と暴言を吐いたところをたまたま父に見られたしなめられた。
夕暮れどきの、もうすぐ晩御飯だよと言う父にお願いして、ジジイもなにか言ってたけどとりあえず平謝りで、右手に新作のケーキを持って家を出る。
裏庭から空へ駆け上がってしばらく行くと、向こうからものすごい速さで黒い塊が近寄ってきた。
よく見りゃ兄貴で、止まった俺の前で兄貴も止まった。
「電話、しただろ?」
「できてねーよ。なんだよあの番号」
「電話してきたから来たんだ。どこへ?」
「だから電話が通じねーから行こうとしたんだろ」
「それ持って?」
「そー!」
「新作のケーキか?」
「そうだよ。毎月誕生日のやつがいるから持って来いって言ったの、アンタだろ」
「ああ、そうだな」
兄貴が浮かれている、ような気がする。
いや無理して笑っているのか?
なんか気持ち悪い。
「電話番号、寄越せよ」
「渡しただろ?」
「通じね―じゃんか!」
「暗記したろ」
「使える番号寄越せっての!」
「通じるから」
「だからあああもう!」
「通じるから。だからいつでも呼び出せよ」
「はあ?あっ、お前一人で食ってんじゃねーよなにもう開けてんだよ!」
「俺のだろ?」
「あ?」
「これは、俺のだろ」
「・・・まあ、そうだけど」
「お前が」
兄貴が何かを言いかけるので、文句を止めてじっと待った。
パフェさながらにいろんなものを乗せたケーキと、口との間を、ごつい手が何度も往復する。
乗っていたものがほぼ消えた頃、兄貴はようやく顔をあげた。
俺がずっと待っていることに気がついたようで、指をなめながら、
「うまいよ」
と言うので俺はおそらく喉をいためるんじゃないかってくらいの声で叫んじまった。
「ちっげーーーーーーーし!!!」
それがわかってたのか俺らの周りに結界を張っていた兄貴にまた腹が立つ。
「お前な!そういうところだぞ!人の話は聞かねーわ!自分勝手だわ!俺も言われるけど!」
「まあ、兄弟だからな。似るんだろ」
「言っとくけどな!」
目の前に一歩踏み出す。
一歩引いた兄の結界の上に一段高い結界を作って踏み出すと、同じ目線になる。
ケーキを持った腕とクリームでベトベトな手を上げた、要はバンザイ状態の兄貴の襟を掴んで強引に引き寄せると、唇越しにガチッと歯が当たった。
痛かったけど唇の端についていたクリームを舐めてから顔を離す。
引っ張ってずれた襟を胸元に押し付けるが、直らない。
「普通の兄弟ってーの、わからねーし。俺らはこれが普通だったろ」
「・・・お前って、バカだなあ」
「お前に言われたくねえ!」
「普通は兄弟でこういうことしないんじゃないの」
「他の家の普通なんて知らねーもん。俺とアンタの間はこうだろ。・・・それにこれは、あ、あいとかこいとかじゃねーし」
「そうだな」
誰かになんか言われたの、と聞かれた。
別に、と答えると老け顔の兄が唇の端でニヤリと笑う。
「アンタほんとそういう顔似合うよな」
「どういう?」
「そういう、なんかヤラシ―顔」
「ははっ。なあ良守。もう一回キスしてよ」
「は?やだよ」
「俺は両手塞がってるんだから」
ニヤニヤした顔の横には食べかけの無残なケーキと、その反対にはクリームがついた指がある。
仕方なく、おそらく人生で二度目と思われるキスをして顔を離すと、少し考えている顔が目に入った。
「良守」
「ん?」
「勃った」
「知るか!」
また叫んで、身を翻して家へ駆け戻った。
振り返らなかったけれど、結界を解いた兄も同じように帰っていくところだろう。
ジジイにはこっぴどく叱られた。
『おう、良守。今日も元気ないな』
『そんなことない、と思う』
『開き直っちまえよ』
『え?』
『自分じゃどうしようもねーことはさ、どうしようもねーよ』
『なあ・・・閃、あのさあ』
『なんだよ、相談か?』
『普通ってどういうことだと思う』
『普通か。まずは俺の普通とお前の普通は違うってことだな』
『そうなの?』
『そうだろ?』
『じゃあ誰かに普通になろうって言われたらどうすりゃいいんだ?』
『ああ、相手ありきのことか?まあでも、お前の普通でいりゃいいんじゃね?なんかダメだったら相手もなんか言うだろ』
『・・・そっか』
『頭領もさあ』
『えっ、え?兄貴?』
『お前が変だって、気にしてたぜ』
『変じゃねえし』
『変だろ。まあ、それがお前の普通だから。・・・腹決まったのか?』
『おう・・・たぶん。ありがとな、閃』
『なー』
『ん?』
『頭領はまったく顔に出ないけどさ、お前は出るんだから、気をつけろよ』
『?』
『だからさあ、あー、いや、まあ、俺の思い違いだな。がんばれ』
『ん?うん』
『・・・頭領にも聞かれたんだよなあ、同じこと。まさか、なあ?』
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