忍者ブログ
HPから移転しました。
| Home | Info | 更新履歴 | バハラグ | オーフェン | 頭文字D | FF7 | ミスフル | PAPUWA | ブラックジャック | 結界師 | 鋼錬 | DARK EDGE | FE聖戦 | トルーパー | コナン | ワンパンマン | T&B | クロサギ | 宇宙兄弟 | DP | なろう系 | メダリスト |
[10]  [9]  [8]  [7]  [6]  [5]  [4]  [3]  [2
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

                  《Side View》
孤島テードを拠点としたカーナの-元カーナ騎士団達は、落ち延びてから3日後には反乱軍を結成した。
 
「一度も従っておらんのに何が反乱じゃ」
 
マテライトがいつもより少し弱いダミ声でそう言っていたのを、彼は覚えている。
結成後、ドラゴンで自由に移動が出来る彼らには多くの仕事が割り振られた。
今まで行っていた食料の買い出しに加え、他の島へ行かなければいけない用事は勿論、帝国軍の偵察、仲間の勧誘など、多忙を極めた。
ぶるりと寒さに震え、空から白い雪が落ちてくる季節となったことに気付いたとき、彼は結成から3ヶ月もの月日が流れていたことを知った。
無意識に寒さに弱いプチデビルたちのために毛布を持って行こうとしている自分に気付き、つい最近言われたことを思い出す。
 
『ビュウ。あんた人に興味がないのかい?』
 
そう言ったのは、反乱軍結成後すぐにテードへやってきたプリーストの女性だ。
毛布を抱いて、寒い中崖の上へと歩きながら、彼はこの3ヶ月で増えた仲間のことを考える。
 
一人目はゾラ。
彼女はセンダックとマテライトから、カーナの姫を奪還することを優先とする反乱軍の理念を聞いて、すぐに了解した。
そして以前は何をしていたのかと問うセンダックにこう答えた。
 
「あたしはキャンベル女王にお仕えしていました」
「なに、キャンベルじゃと」
「あそこは早々に降伏して戦わなかったんじゃなかったっけ」
「そうだよ。でもね、女王様は戦わない戦いを選んであたし達を守ったんだ。でもあたしは耐えられなくて、そうなったらもう反乱軍に入れてもらうしかないじゃないか」
 
そういいながら、恰幅のいい中年の女性は胸を張った。
反乱軍の噂を聞いて、女性1人だけで空を渡って来る度胸は見上げるものがある。
一人用の小型ボートで来たのだが、この地へたどり着くと同時にボートは砕け散ってしまった。
かなり遠くから来たのだろう。
センダックは女性の人となりを見てから、隣に座る全身包帯だらけの男と目を合わせて頷いた。
 
「私はセンダック。これからよろしく頼みます、ゾラさん」
「ゾラでいいんですよ、センダック老師。さてそうと決まれば」
「なんじゃ?」
「この小屋の掃除をしないとね!ちょっとそこのお兄ちゃん、水を汲んできておくれ。あと女の子達もいたら呼んできてくれないかね」
「え、はい」
 
たまたま隅で話を聞いていた彼まで駆り出され、その日は総出で掃除が行われた。
ときたま掃くだけで埃っぽい部屋は、彼女によって磨き上げられた。
女性陣は魔法の勉強の傍らで彼女から料理を習い、日々の食事もだいぶまともになった。
マテライトに対しても容赦のない叱責で、マテライトの体が壊れることなく本調子を取り戻せたのは、体を動かそうとする度にを言い包めてベッドに寝かしつけたゾラのおかげと言えるだろう。
彼女が反乱軍の中で母親としての地位を確立した頃、孤島テードに二人、三人目を乗せた船が到着した。
皆が警戒する中、ふらつく足で降りてきたのは、汚れてはいるが、長身にブロンドの髪をなびかせた女性だった。
マハールから来たという彼女はゾラが淹れた温かいお茶を飲んで一筋の涙を流した後、とつとつと語った。
 
「マハール国民はみんな戦ったの」
 
帝国軍は女子供にも容赦せず、数人が生き残ったものの、逃げるうちに仲間とは散り散りになったのだという。
ルキアと名乗ったその二人目は、徐々に日常を取り戻して行ったように思う。
マハールでの残虐な仕打ちは噂では聞いていたが、彼女を見ていると噂以上のことがあったに違いないと断言出来る。
マハールがある方向の空を見ながら涙する彼女を、彼は何度か見た。
ただ性根が明るいのか、いつからか空を眺める姿は見なくなった。
三人目の幼い女の子-メロディアは、ふらつくルキアに皆が目を奪われている隙に、ルキアが乗っていた舟からあくびをして目を擦りながら出てきた。
ドラゴンに乗るという目的で旅に出たものの、戦争が始まり家へ帰れなくなり、反乱軍へ来た…らしい。
ドラゴンに乗れることを楽しみにしていたらしいが、ビュウが崖の上にドラゴンの-今はサラマンダーしかいない-休憩場所を作ったせいで、
なかなか会えないことに不満そうだった。
乗せて欲しいと口癖のように言っていた彼女も、最近はおとなしくなり、その代わりに彼のそばをうろつくようになった。
特に何を言うでもなく彼は日常を過ごしている。
しかし彼がほとんど構わない-正確には忙しすぎて構えないことに気付いたのか、ルキアから聞いたところによると、少女はいつの間にか、家に出入りするようになったプチデビルという種族と友情を交わしているようだ。
 
(プチデビルたちは寒さに凍えていないだろうか)
 
雪に埋もれた道を歩く。
この3ヶ月で歩き慣れた道なので、雪で見えなくなっても全く動じない。
吹雪の中外出しようとした彼を止める人間は一人もいなかった。
皆、彼がドラゴンのこととなると頑として譲らないことを知っているからだ。
だから他のメンバーは、そう広くない小屋の中で寝たり談話したりしているはずだ。
色白の不思議な生物の住処はサラマンダーの休憩場所のすぐ先にある。
 
『ビュウ、あれはなんなの?』
 
魔法使いの女性達が彼にそう聞いてきたのもつい最近だ。
その問いに彼はこう答えた。
 
『あいつらはプチデビルって種族。だいぶ前からここの上の洞窟に住み着いてる。人見知りらしい。最近少し慣れたみたいだけど』
 
戦争が始まる前から、しばしばこの島へ訪れていた彼が、ある日小屋の食料の減りが早いことに気付いた。
サラマンダーにまたがり、帰ったふりをして小屋を見ていると、人間ではないが人型の生物が小屋に入って行くのを見つけた。
声をかけると戦闘態勢を取られたものの-すぐに和解した。
人類とは言語が異なるというのに、なんとなく言っていることがわかるようになってからは、
彼がテードへ来るたびにともに過ごすよき友人となったのだ。
 
(そういえばプチデビルの二人も反乱軍に参加したいようなことを言っていたような)
 
黙々と雪を踏みしめながら丘の上を目指す。
吹雪く音が耳にしみた。
 
「…あれ」
 
ようやくたどり着いたいつもの場所に、サラマンダーの姿はなかった。
寒いので雲の上にでも散歩に出ているのだろうかと、視界の悪い周囲を見渡すと、
赤いものがちらりと動いた気がして、そちらに向かって歩きだす。
息を吐いた。
風に流され白い気体は一瞬で掻き消えた。
マフラーの下で力なく笑う。
寒い上に眠いせいなのか、先ほどから珍しくいろいろなことを思い出す。
もしかして自分は今死にかけていて、走馬灯でも見ているのではないか。
ふとそんな考えが頭をよぎった。
城を脱出する際の疲れが未だ残っているのだと、思う。
人を切ったのは初めてではないが、相手が確実に死ぬほどに深く切ったのは初めてだった。
男に言い寄られたことは-初めてではない。
あの男の青灰色の瞳は真っ直ぐと自分に向けられていた。
過去を見破ったことも、一瞬驚きの表情を見せたことも、真剣に勧誘していたことも、
その勧誘に対して応と言えばその場で切り捨てられたであろうことも、覚えている。
 
「あれが…皇帝だって?」
 
強いとかそんなことよりも-強姦魔じゃないか-ぼそりと呟いた。
いつの間にか俯いていた視線をあげる。
前方に見えた赤いものがぼんやりとサラマンダーの形をとっていた。
プチデビルたちの暮らす洞窟の目の前で、ぽつんと座っている。
片手でサラマンダーの体をぽんぽんと叩くと、サラマンダーが頭をもたげ、ビュウのマフラーを噛んで引っ張った。
よろけながら洞窟の中を覗くと、プチデビルの二人がガチガチと震えながら身を縮こまらせていた。
 
「マニョ?モニョ?」
 
いつもならビュウに飛び付いてくる彼らの名前-ビュウがつけた-を呼ぶ。
彼の呼び掛けに、マニョが薄く目を開けてビュウを見た。
痙攣したかのように顔の頬を動かし、小さな声を出す。
その様子を見て、彼はすぐに毛布で二人を包み込み、両腕に抱えた。
身動ぎで逃れようとするマニョに、ビュウは言う。
 
「人間の世話にならないとか言っている場合じゃないだろ!」
 
右腕に抱いているモニョは目を開けない。
 
「サラマンダー!頼む!」
 
首を下げたサラマンダーに飛び乗ると、赤いドラゴンはその姿勢のまま雪の上を滑り出した。
彼が来た道ではなく、崖へと向かって。
すぐに彼の体を浮遊感が襲った。
両腕に抱えた二人をしっかりと抱きしめたまま、脚でがっちりと赤いドラゴンにしがみつく。
普段は旋回しながら降りていく道程を、ただ落下した。
3秒程の落下の後、着地だけは優しく、赤いドラゴンが雪に埋もれた大地に足をおろす。
彼は震える足を強引に動かしてサラマンダーから飛び降りると、小屋の扉を蹴り開けた。
 
 
 
 
 
 
 
小屋の中にいた皆が、見たことのない彼の蛮行に唖然とする。
いつもと違う険しい表情で小屋へ入り、やはり足で扉を閉めようとする彼の元へ、
いち早く察したゾラとルキアが駆け寄った。
ルキアは扉を閉め、ゾラは彼の腕から1人を受け取る。
 
「ディアナ、お湯を用意して」
 
ゾラが足早にベッドに近づき、そっとマニョを下ろした。
彼も倣ってもう一つのベッドに下ろそうとして、そこには既にフレデリカが寝ているのを見てマニョが下ろされたベッドにモニョも下ろした。
 
「なんじゃなんじゃ!」
 
マテライトが彼の肩越しに覗き込んで、む、と呻く。
 
「ゾラ、病気は魔法じゃ治せないんじゃないのか」
「何を言ってんだい。凍傷を治すんだよ」
「なるほどじゃ」
 
すぐにプチデビルたちの体が白い光に包まれた。
 
「この程度の凍傷で済んでよかったよ」
「たぶんサラマンダーが風を防いでいたんだと思う」
「暖めた方がいいだろうけど、熱が高そうだね」
「お布団持ってきたよ!」
「メロディア、ありがとうね。どれ」
「メロディアがマニョとモニョを看る!二人は友達なの」
 
ディアナがかたく絞ったタオルを用意し、ゾラに手渡した。
タオルからは湯気が立っている。
 
「よろしく頼む」
「え?」
 
そしてビュウは新たな毛布を片手に、再び小屋を出た。
 
「隊長!」
 
後ろからトゥルースの声がした。
彼は振り返り、小屋から出ようとしているトゥルースを制した。
 
「大丈夫だ。先に寝ててくれ。この吹雪だ。間違っても外に出るなよ」
「ですが」
「大丈夫だ」
 
サラマンダーに跨りながら、彼が言う。
トゥルースの静止も聞かずにそのままサラマンダーは飛び立った。
力なく立ち尽くすトゥルースを小屋に引っ張り入れて扉を閉めたのは大柄の青年-バルクレイだった。
トゥルースの肩を二度たたいて、バルクレイは暖炉の前へと移動した。
 
「おいおいトゥルース、ビュウのことならいつものことじゃんか」
「でも…」
「もぐもぐ…炎の属性を持ってるサラマンダーは平気だし」
「それにしたって」
「今ドラゴンに死なれる訳にはいかないのじゃ。ただでさえ足りないしのう」
 
ダミ声がそう割って入った。
トゥルースはそれでも不満そうに扉を見つめたが、すぐに毛布をかぶり床に寝転がった。
吹雪が止んだら様子を見に行こう。
そう心に決めて。
 
 
 
 
 
 
 
翌朝、まだ陽が昇る前にやってきたトゥルースを迎えたのは、何も、誰もいない崖だった。
肩を落としたトゥルースが、昨日迄の吹雪が嘘のような空を眺める。
やがて陽が見えた頃、赤いドラゴンが帰って来た。
 
「おはよう、トゥルース」
「おはようございます。昨日は大丈夫でしたか」
「うん?サラマンダーと過ごすなんていつものことじゃないか。それよりすぐに予定を立ててくれないか」
「予定?」
「そう。ドラゴンを探す」
 
 
 
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
 
 
                  《Sean ALL》
「行くのじゃな」
 
小屋に入って来た彼の顔を見るなり、マテライトが言った。
 
「はい」
「いつじゃ」
 
雪解けには出立すると答え、さらに
 
「カーナ戦竜隊をまた作ります」
 
と続けた。
 
「うむ…。しかし春までにはまだあるのう」
「ここは春前の4日間くらい大雪が降るだけで、その後は降りません。だから明日には吹雪は止むので、来週は発てるかと」
「そうか。それなら今のうちに今後のことについて打ち合わせじゃ」
「はい。トゥルース、二人が起きたら伝えておいて」
「わかりました」
 
世界地図やメモ帳を抱えて2階へ上がるマテライトを彼が追う。
途中マテライトと言葉を交わし、荷物を全て押し付けられる。
その姿が見えなくなってから、トゥルースは二人のナイトを叩き起こした。
叩き起こしてから、
 
「おい、何かあったのか?」
 
と指摘され、涙に気付いた。
朝日が眩しかったのだと答えて拭い、トゥルースは二人に戦竜隊を再結成することと、そのためにドラゴンを探しに行くこと、そして来週には出立の予定を告げる。
そしてそれまでに何をすればよいか三人で話し合った結果、最近は主に輸送役ばかりだったために鈍った体を解すことに費やすこととし、その日のうちから訓練が始まった。
そんな彼らの隊長は訓練をせず、訓練を始めた彼ら三人の分の雑務をもこなし、日々を過ごした。
そのことに気付いていたのは、ナイトの中ではビッケバッケだけのようだった。
数日後、唐突に訪れた陽気にあっという間に雪が溶け、旅立ちの日がやってきた。
 
 
 
窓の向こうの木の葉が、朝日を受けて輝いた。
つい数日前までは白かった景色が青々と芽吹いている。
空は夜明けの、色の交ざった複雑な模様を浮かばせる。
かなり良い天気だ。
誰も文句を言うことができない、絶好の旅立ちの日だ。
マテライトは無精髭の生えた口元を引き締めた。
窓の向こうから中へ移した視線の先では、トゥルースがラッシュとビッケバッケに指示を出している。
二人はトゥルースに叩き起こされたばかりで、ビッケバッケはまだ目が半分閉じている。
玄関の扉が音をたてずに開き、ドラゴンの食べ残しであろう大きな袋を抱えたビュウが入ってきた。
目が合うと感じた途端、マテライトは視線を流してナイトの支度を眺めているふりをする。
 
「何時頃発つのじゃ」
「準備が出来しだい。出来れば昼前には出たいと思ってます」
「そうか。センダックのじじいはどこに行ったのじゃ。探してくるのじゃ」
「では打ち合せをしています」
「うむ」
 
彼がナイトの少年達とともに外へ出て行ったのを見届けてから、マテライトは裏口の扉を開ける。
冬に葉を落とした細木が、もう花を咲かせ、その花びらについた雫は日の光を反射して輝いていた。
目に染みるのじゃと、誰もいない空間に呟いた彼の頬を涙が濡らした。
 
 
 
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
 
 
                  《Side Rush》
「お弁当作ってるからね」
 
ゾラが言った。
キッチンには女性がひしめき合っている。
女性陣の渾身の作品が期待できそうで、ラッシュは慌ててよだれを拭った。
 
「ドラゴンを探しに行くんだって?」
「そうさ!カーナで戦争したときに何匹かいなくなってさ。要塞に向かったやつらは全滅かもしれないけど、万が一ってこともあるし。ビュウの話だと、少なくとも2匹は生きてるはずなんだとさ」
「へぇ、ドラゴンねぇ…」
「ゾラさんはまだドラゴンと組んだことないんだよな?まぁ楽しみにしててくれよ!」
「もちろんさ。それにしたって急だねぇ」
「ビュウのことだから前々から決めてたんじゃねぇかなぁ」
「あの子しっかりしてるもんねぇ」
「隊長だからな!!」
「何を言ってんだい。ずっと苦労してきてるんだよあの子は」
「苦労ってんなら俺らだってしてるぜ!野宿生活だったしな!」
「あんたは親元飛び出て自分で苦労したんでしょう?あの子は違うよ」
「違う?」
「あたしも息子がいるからねぇ。わかるのさ」
 
何を?
ラッシュがそう聞くより早く、キッチンからゾラを呼ぶメロディアの声がした。
 
「お鍋が燃えてるの!!」
「今行くよ」
 
後でね、と言い残しゾラがキッチンへ消えた。
頭を掻きながら、ラッシュは薬箱から取り出した薬草や包帯を、左手に持った袋の中に放り込む。
横からすっと差し出された万能薬を見て、
 
「おお!高級薬じゃねえか。あったのかよこんなの!」
 
嬉しさを隠さずに声を上げて、そのまま袋に放り込む。
ふと気付いて顔を上げたが、誰もいなかった。
小首を傾げて、しかしすぐに気を取り直して、今度は鼻歌混じりに薬箱を物色し始めた。
 
 
 
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
 
 
                  《Side Matelite & Sendak》
ラッシュのたまに音程が外れる鼻歌を聞きながら、2階の扉から外へ出る。
小さなテラスに置かれたベンチに座り、先週とは打って変わった空を見上げる。
青い空に吸い込まれそうになって、目を閉じた。
同時にテラスへのぼる外階段から足音がした。
トテトテと小股の弱々しい足音がすぐそばで止まり、目蓋に影が落ちた。
数秒の沈黙に耐えかね、男は口を開いた。
 
「なんじゃ」
「マテライト、心配してるの?」
「しとりゃせん」
「ラッシュもトゥルースもビッケバッケもいい子だよ」
「知っておる」
「ビュウももう18だし、実力もある」
「…」
「あんなことにはならないよ」
「…」
「責任を感じてるの?」
「…」
「前隊長がね」
「なんじゃ」
「ビュウは俺より強いから何があっても立ち直るって」
「…」
「言ってたよ?」
「…」
 
少しの間、無言の時が流れた。
空から風を切る音がして、マテライトがようやく目を開ける。
真っ赤な視界に眉根を寄せ、視線を上げた。
 
「マテライト、センダック、そろそろ用意が出来るだろうから、行くよ」
 
高いところから声が降って来る。
 
「うむ」
 
ふわりと風が起こり、赤いドラゴンと少年が空へと戻る。
ぼんやりとそれを見送っているマテライトの横で、センダックが呟いた。
 
「マテライト、結婚すればよかったのに」
「ワシは王に一生を捧げた身じゃ」
「…あの人が、兵士になるよう言ったのかな」
「アイツは単に楽しそうだから志願したと言っとった」
「楽しいだけで隊長になるってすごいねぇ」
「…」
「もしかしてマテライトの」
「違うわい」
「違うの?」
「ワシと別れてからできた子じゃと聞いておる」
「ふうん…」
「なんじゃ」
「彼も結婚しなかったねぇ」
「そうじゃな」
「彼の恋人には会ったことないけど、綺麗な人だったんだろうなぁ」
「分不相応じゃ」
「…彼もあの子も母親に似てるんだね」
「どういう意味じゃ」
「彼が急に子供を引き取って来て、城に住まわせたいだなんて言いだしたときはびっくりしたよ」
「アレの恋人だか元だか知らんが火事で死んだんじゃ」
「孤児院を捜し回ってわざわざ連れてきたんでしょう?父親だって言ったのかな」
「言っとらん」
「そんなところまで似なくていいのに…」
「知ら・・・じゃからワシの子じゃないと言うとる」
「…」
「…」
 
いつの間にか隣にちょこんと座っていたセンダックを見て、マテライトは言った。
 
「お前みたいなジジイは、ビュウは選ばないから安心じゃ」
「な…何を言ってるのマテライト」
「ジジイはさっさとくたばってればいいのじゃ!」
「そんな…ヒドイ…」
 
めそめそと泣き始めたセンダックをおいて部屋へ戻ろうとしたマテライトの鼻に、今まさに開けようとした扉が思い切りぶつかった。
 
「いいぃっ」
「ちょっと二人とも!ビュウ達がいっちゃうよ!」
 
小柄なウィザードがそれだけ言い置いて、マテライトを押し退けてそのまま外へと駆け出した。
その後ろから細身のウィザードが慌てて追っていく。
マテライトとセンダックに会釈をして。
 
「お見送りしなきゃ」
 
センダックがそう言って彼女達の後を追う。
マテライトは赤くなった不恰好な鼻をさすり、溜息をひとつついてから階段を降りていった。
 
 
 
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
 
 
                  《Side Ectarina》
彼女は親友の横にひっそり立っていた。
仲間の旅立ちは嬉しいけれど、それはこの後に来る戦を想像させるので、生来争い事が苦手な彼女は心から喜べないでいた。
それは反乱軍に参加を決めたときにも思っていた気持ちだった。
彼女は親友が残ると言ったから残ったのだ。
反乱軍に参加する自分の気持ちがあったわけではない。
このまま反乱軍に残っていてもいいのだろうかと、仲間の旅立ちを目前にしてやはり悩んでいた。
浮かない顔をしている彼女に気付いた親友がどうしたのかと尋ねてきたので、正直に気持ちを伝えると、親友は言った。
 
「今この時の気持ちだけでいいんじゃないの?だって先のことを考えたって…」
「なるようにしか…ならないから?」
「違うわ。やるしかないからよ」
「何が違うの…?」
「最初から諦めちゃダメってことかな。あたしもまだわからないからうまく説明できないけど…」
「諦めちゃ…ダメ」
「あたしはね、戦争は嫌だし怖いし、生きるだけなら反乱軍に入らなくていいじゃない?」
「うん」
「でも残ったのはね、やっぱり昔の生活を諦めたくなかったからなの」
「昔の生活?」
「うん。ただ皆とバラバラに暮らしていくのが嫌だったの」
「それだけなの?」
「もちろんヨヨ様と王様のこともあるけど…マテライトみたいにはなれないわ、アタシ」
 
親友が彼女から、ドラゴンに跨りつつ何かを話しているナイトの少年に視線を移した。
つられて彼女も少年を見る。
よくみると、ナイトの少年3人が隊長を囲んでいた。
少ししてナイトの少年達がドラゴンに乗り込むと、彼女達の前にいたゾラが進み出て、ビュウに大きな包みを手渡した。
先ほど作ったばかりの弁当だ。
 
「体に気をつけなよ」
 
ゾラの声が風に乗ってくる。
メロディアが、ビュウが行ってしまうのが寂しいのだろう、先ほどから何か言いたそうにしているのが彼女からはよく見えた。
 
「まだ言葉にならない気持ち…」
「え?」
 
彼女の呟きに焦ったように、アナスタシアが振り向いた。
 
「メロディア…」
「あ、ああメロディアね、そうね」
「ねぇ、アナスタシア。私もまだ…気持ちがまとまらないけど…もう少し…いようと思う」
 
赤いドラゴンがふわりと浮いた。
くるりと空を周り、その姿はあっという間に見えなくなった。
その後ろ姿に向かって、マテライトがダミ声を張り上げた。
聞くつもりがなくても聞こえてくる大きな声に、若干潤んだような響きが混じった気がして、思わずその背中を見る。
 
「ヨヨ様が大事でたまらないって顔ね、きっと」
 
アナスタシアが言った。
頷きながら、彼女は空を見上げた。
空は広く青く、いつものように全てを包み込んでいた。
 
 
 
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
 
 
                  《Side Yoyo》
頭が重い。
彼女は浮上した意識の端でそう思った。
 
(センダックに何か薬を持ってきてもらおうかしら…。それにしても怖い夢を見たわ…)
 
どんな夢だったか覚えていない。
ただ汗をかいてしまうほどの恐ろしい夢だったことは覚えている。
体がだるくて目も開けることが億劫だった。
ベッドサイドにおいてあるはずの呼び鈴を手に取ろうとして、右手を伸ばす。
その手が宙を切って、彼女は仕方なしに目を開けた。
刺繍がちりばめられ、カーナの国旗が刻まれた美しい布が目に入る。
彼女のお気に入りの天蓋は今日も朝から笑顔をくれた。
身を起こしてベッドサイドに置かれた呼び鈴を鳴らし、一息つく。
すぐに現れた召使に水を頼み、彼女はクッションに寄りかかった。
 
(いやだわ…きっと戦争のせいね。ビュウは緊張しないのかしら)
 
うとうととまた微睡んで来た。
せめて水を一口飲んでから…と目を擦る。
それでも強力な眠気は彼女を引き込んだ。
意識が遠退く…そう感じたとたんに木から落ちるような浮遊感に襲われ、身体中が冷水を浴びたように冷えて、目を開けた。
鼓動を静めながら、辺りを見渡す。
もう何回この動作をしただろう。
見渡したそこは薄暗く冷たい質素な部屋だった。
いつもの、部屋だった。
 
 
 
暗い金髪に、碧の瞳を持った青年が現れた。
肩幅はあるが、腰のラインは細いように見える。
その腰に下げた二本の剣の柄に埋められた赤い石が、廊下に置かれた蝋燭の光を反射してきらりと輝いた。
青年は右手に銀色のトレイを持ったまま、左手で鉄格子にはめられた鍵を開ける。
トレイにはパン、スープ、メインディッシュと、皿こそ質素だが、どれも美しい装いでとても鉄格子つきの部屋にいる人間に出すようなものではない。
そのまま部屋の中程へ進み、壁に背をつけて置かれているソファーの横の小さな台へ乗せた。
そしてぼそりと、しかしよく通る声で、
 
「階段を上った先にいるグドルフは残忍ですよ」
 
と言って、振り返った。
青年があえて閉めなかった鉄格子の扉をくぐろうとしていた少女は、泣き出しそうな顔で男を見た。
 
「食事を置いておきます。少しは食べないと体がもちません」
「…いりません」
「もう2日ほど食べていません。自分のために食べるのではなく私のために食べてください」
「何を言っているの?」
 
間髪を入れず応えた男の返事に、少女に戸惑いの色が浮かぶ。
それを食事に対する不安と受け取った青年は「もちろん毒は入ってません」と続けた。
 
「寒い部屋で申し訳ありません。しかし廊下よりはマシですから…」
 
怯える少女に大股で近づき、その横を素通りし、青年は鉄格子から廊下を覗いた。
誰もいないことを確認すると、やはり扉を閉めずに大股でソファーへ戻り、座った。
見つめる少女の視線を受けないよう、顔は膝の上で組まれた手を見ている。
少しの間の後、少女は食事の乗ったトレイを手に取り、ベッドへ戻った。
腰を下ろして膝にトレイを置き、スプーンを持つ。
青年はちらりと動かした視線だけでそれを確認し、すぐにそらした。
裾からのぞいた少女の白く細い手首が脳裏をよぎる。
幼い少女に似つかわしくないこの部屋を、少女の部屋と決めたのはこの青年である。
なので、居たたまれない。
早く食事を終わらせてくれるだろうか。
そんなことが頭をよぎる。
 
「あの」
「お口に合いませんでしたか?」
「いえ。あの…心配、してくださるのですか?」
「当然でしょう」
「でもそれはあなた達が…その、私を何かに利用したいからですね」
「それは違います」
「え?」
「そう感じさせてしまったのならば謝罪します。今の私はただ貴方の体調を心配しただけです。信じて頂かなくても構いませんが。…ご不快でしょう。しばらく席を外します」
「あ、待って…!」
 
目の前を通り過ぎようとした青年を追おうとした少女の膝から、食器が滑った。
慌てて伸ばした少女の小さな手より先に、無骨で大きな手が食器をつかむ。
驚いた少女の顔を間近に見て、青年はやはりすぐに目を逸らした。
屈んだ体を伸ばしながら、
 
「あなたはそそっかしいのですね。今替えを」
 
持ってきましょう。
そう言い掛けた男の目の端に、驚きの表情から微笑に変わった少女が映る。
しばらく青年は動けなかった。
こぼれた食事の入ったトレイを右手に持ったまま立ち尽くし、少女を見つめる。
少女はハッとして顔をそむけた。
 
「何か…おかしなことをしましたか」
「いえ」
「そうですか」
 
青年は少女の顔をちらりと見やる。
先程の微笑とは打って変わって、目に涙を溜めていた。
青年は慌てて顔をそらし、わざとらしい咳払いをした。
そのまま数秒が去り、青年は動くに動けず途方に暮れた。
傭兵として育ち、生来の生真面目さ故に色恋に興味を持たぬまま育った青年には、女性-ましてや多感な時期の少女-の扱いはわからないのだ。
このまま何も言わずに去った方が良いのか、それとも少女はこちらの発言を待っているのか。
どうすべきか考えあぐねていた時、再び少女の声がした。
 
「あの…ごめんなさい…」
「何故謝るのです?」
「その、…貴方を笑ったわけではないのです」
「そんなことはわかっています。ただ」
「ただ?」
「私は傭兵として育ちましたので、どのように貴方に接すればよいのかわからないのです」
「…もし私が望んでいいのでしたら…普通にお話ししてくださるだけで十分です」
「わかりました。…では食事を新しく持って来ますので、お待ちください」
「えぇ」
 
青年が部屋を出て行く。
足音も遠ざかり、静寂な部屋が戻る。
 
「確か…パル…パレオス」
 
少女は軍人にしては整った顔の長身の青年を思い出した。
視線、仕草、物腰。
他の人間達とは何かが違うと感じた。
冷たいわけではない。
かといって暖かいわけでもない。
ただ距離を感じる。
 
(この感じ、どこかで…)
 
 
 
 
 
 
 
 
「私が、そのビュウという少年に似ていると?」
「そう。あの時思ったの。貴方、ビュウに似てるって」
 
少し大人に近づいた少女が、足音を響かせながら聖堂の奥へ向かう。
ドラゴンに待てと指令を出した男も、その後を追う。
 
「そのビュウという少年の話は何度も聞きましたが、私に似ていますか」
「貴方と同じブロンドだけど、もっとおひさまみたいな色よ。瞳も…オレルスの空のよう」
「空のような色の…少年?」
 
その言葉が青年の記憶に引っ掛かった。
1人、カーナ城で出会った少年が該当する。
幼いのに、青年と同じく剣を2本持っていた。
サウザーが途中で割って入ったので、青年は少年がその後どうなったかを知らない。
恐らくサウザーによって蹂躙された挙句、殺されたと思っている。
青年の幼なじみでもある現皇帝、サウザーは、遊女をおくことはなかった。
好みが厳しいのだと思う。
ただ一度気に入れば老若男女構わず金で買い取った。
そして、早いときには数時間後、遅くとも2日後には死んでいた。
畜生になったから殺した-青年の友人はそんなことを言っていた気がする。
だからあの時の少年も生きてはいないだろうと、漠然と思った。
生きていれば将来脅威となるであろう少年だった。
 
「パルパレオス?」
「あぁ、いや…彼の話をするときの貴方はいつも楽しそうだ」
「…そうね」
 
返事とは逆に、どこか寂しそうな顔で少女は同意した。
聖堂の壁に設置されたステンドグラスがよく見える位置を探し、祭壇よりだいぶ手前の長椅子に腰を下ろして少女は言った。
 
「あのね…よくそそっかしいって言われたの。マテライトにも、ビュウにも」
「…」
「だから、貴方があの時私にそう言ったのがおかしくて」
「…そうでしたか」
「ビュウなんて私と同い年のくせに、たまに大人のようなことを言うの。それに私が物を落としそうになるといつも誰かが支えて、やっぱり私のことそそっかしいって言うのよ」
 
少女ははにかんだように笑った。
青年はそんな少女の様子を、横で立ったまま見ていた。
それからとりとめのない話をして、2人は短い逢瀬を過ごす。
 
「ヨヨ…」
「…もう、時間?」
「いや、もう少しだけ」
「そう」
 
その後、少女は黙ったままだった。
黙ったまま、青年の手をとり、人のいない教会の長椅子へ座る。
ちらりと青年を見上げ、手を握ったまま椅子に身を横たえた。
普段はドラゴンの上に乗っている間だけ背中に感じる少女の体温が、今は手先から伝わってくる。
青年の胸がじわりと騒いだ。
顔を近づけると首へ回される細い腕に初めての感情を抱きながら、青年は少女の名を小さく呟いた。
 
 
 
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
 
 
                  《Side Palpaleos》
豪華な寝台の上で、重ねたクッションに片肘をつきながら本を読んでいた男が、顔を上げた。
 
「もう帰って来たのか、パルパレオス」
 
部屋の奥の大きな―そのままテラスに出られるのでドアと読んでも差し支えないであろう―窓はカーテンとともに開け放たれている。
既に沈んだ太陽が僅かに照らす空は、青年がゆっくりと男の横へ歩み寄るころには、真っ暗な闇へと染まりきった。
 
「時間だからな」
 
特に表情を動かすこともなく、青年は答えた。
 
「相変わらず固い男だ」
「何のことだ?」
「付き合いが長くともわからぬことはあるものだ、ということだ」
「当然だ」
「パルパレオス」
「なんだ?」
 
片足に体重をかけ、剣の柄に腕をおく。
青年は、声をかけてきたままにやつくだけで一向に話を進めない男を眺めた。
 
 
 
男は、青年の幼馴染である。
ベロスの地に生を受けた二人は、ともに初めて剣を握った傭兵育成学校で出会った。
当時、ベロスは小国であった。
枯れた大地に実りはなく、あたりを見渡しても灰色の大地がどこまでも続くだけの色のない国だった。
そのため、そこで産まれた人間は島の外へ出稼ぎへ行っていた。
当時は出稼ぎをするにしても人手が足りない地域はほとんどなく、ある地域といえば、補充しても補充しても減る、
つまり戦闘要員を欲している国だけで、戦人としての需要しかなかった。
ベロスの屈強な男達は、必然的に傭兵としての名声を得るようになり、一昔前までは異なる国に雇われた同じベロス出身の傭兵同士が
戦場で火花を散らすことも珍しくはなかった。
物心付いた彼等が入学したそこは学校とは名ばかりの、弱ければすぐに前線へ-ただ同然で-送られ、
強ければ才能を伸ばすために残ることができる、つまり頭角を現す若者が早々に見つかる効率重視の闘技場となっていた。
ともに類い稀なる才能を持った二人は入学早々高値をつけられ-技や頭脳で傭兵としての報酬が決まっていた-周囲から期待された。
何かと話題になっていた二人が出会ってすぐに意気投合したのには、お互い自分に釣り合う友人がいなかったこともある。
豪胆で独創的な男と、慎重で計算され尽くした戦術を好む青年は、全く正反対の性格でありながら反発することもなく、共に戦地を駆け抜けた。
出会いから十数年。
1人の男によって王族が一掃されたベロスは傭兵稼業を突然廃止し、軍事国家へと姿を変えた。
圧倒的な力で近隣諸国を全て手中に収め、今は食物にも燃料にも困ることはない。
ベロスはその名をグランベロスと改め、名実ともに世界を掌握したのだ。
 
そのベロスを統率し、導き、戦い、勝利を掴んだのが、今青年の前で本に栞を挟んだ男である。
男は手首に巻いていた紐を解き、その紐で長い青髪を無造作に束ねた。
 
「相変わらず、色気と言うものがないなお前は」
「必要性を感じないな」
「グドルフを見てみろ。男も女もはべらせて俺より皇帝らしい」
「…あれは虫酸が走る」
 
青年は顔に嫌悪を浮かべた。
グランベロスの将軍の1人、グドルフは、ベロス時代から宰相という権力を振りかざしてきた男である。
サウザーやパルパレオスを蹴落とそうとする野心を隠すこともない。
戦地から遠く離れたベロスの守備を任されていたため、有り余る暇を道楽で過ごしており、下品としか言い表わせないと青年が語る。
国の重要なポストにグドルフを登用した男へ、青年が反論したことがある。
しかし男は
 
「陰でコソコソしている連中よりはわかりやすくていい。実力も申し分ない」
 
と言い決定してしまった。
青年は今でもグドルフを仲間とは思っていない。
 
「日が落ちるのが遅くなって来たな」
「春が近いからな」
「王女をお迎えしてからもう3年か…。早いものだ」
「……」
 
男が立ち上がり、本をベッドに放り出した。
そのまま青年に背を向け、スタスタと外へ続くバルコニーへ出ていってしまう。
青年は後に続いた。
薄いカーテンを抜けた先では、男が空へ両手を差し延べている。
 
「パルパレオス…見ろ、この空を。私たちは空を手にした」
 
男の長い髪を風が揺らす。
男の両手に抱かれた空は、落ちたばかりの陽の光が今にも消えようとしている夜空だった。
先ほどまでの余韻が残っている青年は、ぼんやりとそれを見ていた。
しかし、
 
「だが、まだ完全ではない」
 
と続く言葉にハッとして視線を男に戻した。
 
「サウザー…」
「伝説がある。カーナに伝わる伝説だ。覚えているか?」
「神竜の…伝説」
 
その話はどこで聞いたのだったか。
涙をこぼしながら母親の後ろに隠れていた少年に、強くなれと言葉を掛けた、あの街で聞いたはずだ。
青年はその時を思い起こす。
 
「私に出来るとは思わんか?伝説の男になることが」
「…」
 
誰にもできないと言われていた空の統一をなしえた男が、青年に挑発的な笑みを向ける。
 
「私は空の全てを手にした男だ。私の前に残された戦いがあるのならば、それに挑みたい。そして、勝利を!」
「…新しき時代の勝利」
「ともに新たな勝利を」
 
その言葉は男を甘くからめとった。
誰もをかしづかせる皇帝の笑みが青年に向けられる。
 
「いつも私のそばにいてくれ、パルパレオス」
 
風に流されたその声が耳に伝わったとき、青年は目を伏せてその場に膝を折り、
 
「御意」
 
とだけ返した。
空は陽の光が消え、所々に燃える星の光が美しく映えていた。
PR
Powered by Ninja Blog Template by CHELLCY / 忍者ブログ / [PR]