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そこは薄暗い空間だった。
じんわりと輝く石が発する光り以外、松明どころか窓ひとつさえない。
30人近くが雑魚寝できる程の広さはあるものの、その空間には人を拒絶する空気があふれている。
その他にあるものといえば重々しい扉だけだ。
 
口髭を蓄えた男が、扉の前に立った。
男はこの国では王の色である緋色のマントの裾から手を出し、扉に手を掛ける。
中肉中背の、穏和な人柄がその顔からにじみ出ているが、今の表情は硬い。
男はゆっくりと扉を押し、中を覗き見た。
そこは相も変わらず薄暗い、けれど清浄な空気に包まれた広間だった。
するりと隙間から身を滑り込ませ、後ろ手に扉を閉めた。
広間の奥の淡い光を目指し、歩きだす。
徐々に近づく光が形作った、この世界の頂点に座す生きもの。
頭から尾の先まで人の数倍はあるであろう体は、しなやかな白銀の鱗に覆われている。
風も無いのにそよそよと揺らぐ羽毛に包まれた顔には、閉ざされている眼。
ただそこにいるだけで圧倒的な存在。
それはまさしく竜と呼ばれる伝説の生きものとしての風格を備えていた。
男は自分の背丈を越す竜の正面に立ち、見上げながら呟いた。
 
「バハムート…。…これでよいのか?私にはおまえを目覚めさせることができない…」
 
男の顔は苦渋に満ちていた。
視線を落とし、ぽつりと呟く。
 
「我が国カーナは…滅びさる命運なのか」
 
バハムートと呼ばれた竜は微かに腹を上下させて呼吸をしている以外は微動だにしない。
下げていた視線を再び竜へ戻したとき、扉の開かれる音が響いた。
振り返ると、幼さを残した少女の姿があった。
真っ直ぐこちらへ歩いてくる少女の後ろに、扉の脇へ控えた白髪の老人が垣間見える。
ゆるいウェーブのかかった濃いブロンドの髪が、ふわふわと揺れ、それはこの場には不釣り合いだと男は感じた。
そう。
少女にはこの場が似合わないのだ。
拒絶が充満するこの部屋には、彼女の存在は眩しすぎるのだ。
それでも、少女が自分に会いにここへ来てくれたことがわかっているので、男は愛おしそうな目を向け、少女を呼んだ。
 
「ヨヨ…」
 
少女は困ったような、怯えたような表情で、男から数歩離れたところで足を止める。
男は苦笑した。
こちらを心配そうに見る白髭の老人へ頷く。
老人は目を伏せながら、隅に控えた。
男は言った。
 
「我が娘よ…。バハムートを感じられるか?」
「お父様……」
 
躊躇うように視線を外す少女を見て、男は察した。
少女は自分にはない力を持っているのだと。
 
「ヨヨ…わかるのだな?バハムートの想いが…」
 
男は少女を見つめて微かに笑んだ。
自分には応えなかった竜が、愛しい娘には応えたことが、誇りに思えた。
そしてこの国の王が自分ではなく少女であったなら、或いはこの国は生き残ったかもしれない。
そう考えたとき、男は自嘲を浮かべて首を振った。
心を通わせることができても、いや、できるからこそ、絶望を感じることもあるのだ。
青ざめた少女の顔を見る。
言葉を選んでいるのか、言葉数が少ない少女にふと亡き妻の-少女の母の姿を見て、男は眼を細めた。
遠い日の話をしようと、しかし何を話せばよいのか躊躇ったその時、重い振動がその部屋を襲った。
天井から響くその音は、頭上の大地が死に行く音に他ならない。
男は自らがやらねばならぬことを口にしながら、急ぎ部屋を出る。
残された少女は、一歩、眠り続ける竜に歩み寄ると、両手を胸の前で合わせ、祈るように呟いた。
 
「バハムート…カーナを…ビュウを守って」
 
その呟きは小さすぎて、部屋に溶けていった。
 
 
 
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
 
 
                  《Side View》
けたたましいベルが鳴り響いた。
目の前にいる3人の隊員達の顔に緊張が走ったのが見て取れた。
彼らから向けられた視線を受け止め、少年は頷いた。
 
「よっしゃ!」
「あっ、出発は隊長の指示の後ですよ!」
 
真っ先に走りだした茶色い髪の隊員を追って、もう一人、兜を被った隊員も席を立った。
それを見て少しの苦笑を洩らしながら、残る一人の隊員とともに隊長という役割を背負った少年は歩きだした。
開け放たれた扉からの風が、少年の髪を撫でる。
柔らかそうな髪のなびきとは反対に、扉の向こうを見つめる空色の瞳は険しかった。
その時の彼の表情からは幼さを微塵も感じることが出来ないのだが、
その表情を誰かに向けたことはただの一度もない。
小さな溜息を吐いて、彼は表情を和らげた。
後ろを歩いていた大柄な隊員がそっと声をかけてきたが、少年は笑って大丈夫だと言いながら手をあげる。
先の二人が開け放った扉をくぐり、一面の空を見上げてからもう一度、今度はこっそりと息を吐いた。
 
 
 
彼らの住む世界は、空にある。
地は空に浮かび、水は空へ流れ、そして雨となり地に戻る。
枯渇しない水、浮かび続ける地。
人々はこの世界を奇跡の空-オレルスと呼んだ。
 
この世界にはいくつかの島がある。
それは人ひとりが立つだけで精一杯なものから、巨大な国家を築くまでに大きな陸地を持つものもあり、その島自体が水をたたえていることから、それら島々を“空という海の中の湖”-ラグーンと呼んでいた。
主要な大陸-国は6つで、その他はほぼ人の住まない小さな島でしかない。
それぞれの国は内紛はあれど他国を侵すことはなく、それは裏を返せば他国に無関心なまま、これまで平和な時を刻んで来た。
しかし今、その国々はグランベロスという強力な軍事国家によって、統一されようとしていた。
 
オレルスに浮かぶ国々はグランベロスからの唐突な宣戦布告に戸惑った。
グランベロスは傭兵達によって創られたと言っても過言ではない国である。
元々はベロスと呼ばれる国であった。
痩せた大地に悪政を続ける王族、そして住人である傭兵達は個々に他国へ自分を売り込み、時には身内同士で戦うこともあったという。
そんなベロスで産まれ育った1人の男が頭角を表してから1年後。
ベロスから王族は消え去り、グランベロス帝国と名を変え、男は自らを皇帝と称しあっと言う間に国を再建した。
そしてそれだけでは終わらず、他の国々を統合するために宣戦布告を行った。
戦闘のプロフェッショナル相手に、長年の平和によって牙も爪も持ち合わせていなかった国は、すぐに降伏した。
兵士たちがいても戦わず負けを認めた国もあった。
抵抗した3つの国のうち、1つは街もろとも壊滅した。
1つは戦闘員である兵士たちが全滅し、非戦闘員はグランベロスの支配下に置かれた。
残る1つの国は神竜に守られているという伝説の残るカーナであり、グランベロスに一番近い国であるにも関わらず、未だ屈していない最後の国でもある。
そして、今若き隊員が集っている旗艦はカーナの所有する飛行艇であった。
 
「はじまるぜ!!」
 
真っ先に外へ出た隊員が、体を延ばし、逆立った茶色の髪を風になびかせている。
凛とした表情なのだが、少し幼さを残した顔立ちである。
事実、まだ延び白のある年齢なのだ。
その後ろから扉をくぐって来たのは、ヘルムをしっかりかぶった少年である。
髪を逆立てた少年と同い年でありながら数倍落ち着いて見えるのは、幼なじみである彼にいらぬ苦労を押しつけられて来たからであろう。
 
「ラッシュ、落ち着いて行動してくださいね。隊長!出撃の合図を!!」
 
その声を聞いた少年は、小さく頷いてからドラゴンたちへ合図を送った。
同時に8頭のドラゴンたちは空へと舞い上がり、飛行艇の周囲をぐるりと回る。
 
飛行艇は小さな島の体裁をしている。
先端に行くほど細く狭くなる島の地表には、木々が生い茂っている。
戦の女神像をはじめとして、ベンチもあれば小さな噴水もある。
もともと単なる小島だったものを改造したと伝えられており、後方にそびえる展望台や陽を反射して輝く一面ガラス張りのブリッジが無ければ、確かにのどかな小島である。
一周する間に、ドラゴン達は少年からのさらなる合図を正確に受け止め、3頭は地表に降り、残る5頭は空へと消えて行った。
5頭の後ろ姿を見守る少年の後ろで、体が大きい割には気弱そうな顔をした少年…と呼ぶには少しトウがたっている隊員が感嘆を漏らす。
 
「ボク、何を命令したのか全然わからなかったよ…やっぱりアニキはすごいね」
 
そんなことはないと呟いて、少年は視線を空から地表へと移した。
3頭がゆっくりと着地しようとしていた。
白身を帯びた体にピンクのたてがみをなびかせたドラゴンは兜の隊員-トゥルースのそばへ。
水のようにゆらゆらと揺らぐ体を持つ青いドラゴンは、先ほどラッシュと呼ばれた隊員に身を寄せている。
そして、少年から少し離れたところへ降り立った、焔を纏ったドラゴンからの視線に、少年-ビュウは頷いた。
 
「オレたちはカーナ城の守備に向かうんだ!出撃前にドラゴンのコールネームを決めてくれ!!」 
 
ラッシュが青いドラゴンの体をぺしぺしと叩きながら言った。
焔のドラゴンは嫌そうにその行為を見ていたが、当の青いドラゴンはまんざらでもなさそうだ。
 
「あ、アニキ。人気の名前を調べて来たんだけど…」
 
ビュウの後ろで背が高い割には猫背で丸い体型の隊員が言った。
いらないと応えると、僕の名前はビッケバッケ、ちなみに…といまさら自己紹介をされた。
確かにビッケバッケとは数回しか話した記憶がない。
大きい体と違い、気が小さく少し人見知りなのだ。
だから彼は幼い頃から一緒にいるラッシュやトゥルースとばかり話している。
それでも隊員の-今はたった3人しかいない部下の-名前は覚えている。
ビュウはわかってるよと苦笑した。
 
「君はモルテン」
 
トゥルースのそばにいる白いドラゴンに向けて言う。
続けて、
 
「そして君はアイスドラゴン。長いから普段はアイスでいいかな?」
 
ラッシュに撫でられている青いドラゴンに問い掛ける。
青いドラゴンは嬉しそうに目を細めた。
本当なら彼が決める権限は無かった。
それどころか、まだ産まれてからそれほど経っていないドラゴン達が、訓練生からようやく兵へと上がったビュウたちの相棒となったのはつい先日のことなのだ。
 
「サラマンダー、今日からは実戦だ」
 
既に名前がある焔のドラゴンは静かに眼で頷いた。
 
「グランベロス帝国との最終決戦に負けるわけには行きません!」
 
トゥルースが息巻いて言った。
いつも落ち着いている彼もさすがに気分が高揚していると見える。
 
「隊長!出現前に確認しないで大丈夫ですか?」
 
うん、大丈夫-そう言ったビュウから覇気を感じることが出来なかったのか、トゥルースは拳を握りしめながら声を大きくして言った。
 
「我々、カーナ戦竜隊が帝国を止めなければ、帝国の…サウザーの世界制覇が達成されてしまいます!この戦い、敗れるわけには…!」
 
ずいぶんと早口だった。
彼は緊張が高まれば高まるほど、早口になる癖がある。
本人が自覚しているかどうかはわからない。
 
「わかってる。負ける気はないよ」
 
でも、気力だけじゃ勝てないんだ-という言葉は飲み込んだ。
どう考えても勝てるわけがない。
勝てる理由が見つからない。
まず数の上で圧倒的に不利だ。
奇抜な作戦があって、1人あたり10人倒すことが出来ても、その奇抜な作戦が100個はないと覆すことは無理なくらい、軍事力に差がある。
今まで持ちこたえてきたのは、ひとえにドラゴン達の威嚇と、未知への恐怖のお陰だとビュウは思っている。
そもそも実戦経験の乏しい自分たちが策をいくら練ろうと、読まれてしまうだろう。
敵には頭の切れる皇帝だけでなく、頭の切れる参謀がいるとも聞く。
そしてもうひとつの理由には神竜の伝説が関係している。
多くの兵士や民衆は信じているのだ。
神竜の守護があるから負けるわけがない。
負けそうになったって助けてくれるに決まってる。
そんな腹心を持った人間が強くなれるわけがない。
 
また溜息をつきそうになって、ビュウは慌てて深呼吸をした。
 
「ビュウ、そういや他のドラゴンはどこ行ったんだ?」
「先発隊は敵の空中要塞の足止めに向かいました」
「空中要塞、トラファルガーだよね。有名だよ。ね、アニキ」
「のんきなこと言ってないでさっさと行こうぜ!ってオレたちはどこに行くんだよ」
「ラッシュ、さっき会議で言ったでしょう?カーナ城ですよ。さぁ、我々もカーナ城へ急ぐのです」
 
ドラゴンへ乗り込みましょうとトゥルースが言う前に、ビュウは焔のドラゴンにまたがり、後ろに乗ろうとするビッケバッケに手を貸していた。
 
「がんばろうね、アニキ!」
 
ビッケバッケの明るい声にああと頷き返して、ビュウは焔のドラゴンの首を軽く叩いた。
応えるように咆哮をあげてから、大きな翼が広げられた。
ばさりばさりと数えるほどの羽ばたきで陸地から離れ、ビュウの複雑な心境とは裏腹に真っ直ぐドラゴンは飛び立った。
 
 
 
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
 
 
                  《Side Rush》
風を切る猛スピードで空を切る中、ドラゴンとまるで会話をするように喋る少年と赤いドラゴンを右前方に見ながら、ラッシュは口を尖らせた。
焔のドラゴンは、戦竜隊のドラゴン達から産まれたわけではない。
ある日唐突に現れてビュウに懐き、そのまま居座ってしまった-とラッシュは聞いている。
ビュウが隊長に推されたのも、サラマンダーと息のあった動きを見せて戦竜隊の強さをアピールする対外的な戦略のせいとも聞いていた。
 
(そんな深く考えなくても、実力も作戦を練る頭脳も、誰より優れているんだから当たり前だよな)
 
つい数日前に任命されたばかりの己の隊長を見ながら、ラッシュはビュウの出世を自分のことのように誇りに思った。
自分達もついでのように訓練生から隊員へと昇格したのだが、本当にそれはついでだと知っているから複雑だ。
ついでというより、やむにやまれずが正しいということは、トゥルースほど頭の回転がよくない自分でもわかる。
何しろ戦う兵士達がいなくなってしまったのだ。
逃げ出した兵士が多数と、前線で帰らぬ人になった兵士が多数。
隊員になったという報告を聞いたとき、自分達は逃げず、そしてまだ死んでないというだけで繰り上げになったのだと、ラッシュは思った。
そしてそれはきっと的中しているのだ。
 
「トゥルース!ラッシュ!」
「なんだよ!」
「なんですか隊長!」
 
前方から流れてきた声に反応していつの間にか下げていた顔を上げる。
右前方にいたはずの赤いドラゴンは、いつの間にかだいぶ上にいた。
右手がちょこちょこと動いているが、ラッシュからは良く見えない。
見えないが、気にすることはない。
ビュウはドラゴンへ指示をしているのだ。
 
「前方に雷雲、高度を上げるよ!」
「了解!」
「わかりました!」
 
途端、体に掛かる圧が重くなった。
振り落とされないように手綱を握り締めながら、ラッシュは一昨日の晩を思い出す。
戦地への派遣が通達された日、もちろん死ぬ気なんてなかったけれど覚悟だけはしておいた方がいい。
そう思って起こそうとした行動がある。
未練をなくすといえば聞こえはいいが、その未練をぶつけられた相手はどう思ったのだろう。
はっきりとした返事はもらった。
でもあれはたぶん、流されてしまったのだ。
 
 
 
 
 
 
その日、まだ陽も昇っていないほどの早朝に、城裏にある兵舎にビュウ宛ての書簡が届いた。
ドラゴン達の世話をするために、ビュウは当然起きていた。
夜も寝るのは遅いらしく、ラッシュ達はビュウが寝ている姿を見たことがない。
戦への緊張からか、ここ数日間なかなかゆっくりとした睡眠を取れずに苛立っていたラッシュは、その日は眠ることを諦めてビュウがドラゴンを世話するところを眺めていた。
そこへ軽装の兵士がひとりやってきた。
ラッシュは興味津々に、ビュウの後ろから手元を覗き込んだ。
今まで見たこともないような上等な紙でできた封筒は、赤い蝋で封がされていた。
書簡を届けに来た兵士は、読んだことを確かめてから戻って来いと言われたらしく、神妙な顔でビュウを見ている。
ビュウが腰の剣を抜いて器用に-というレベルの話ではない-上2ミリくらいを切断し、中の手紙を取り出す。
王からの勅令だ、と手紙にざっと目を通してからビュウは言った。
そして丁寧に封筒にしまう。
顔を上げたビュウと視線を合わせながら、遣いの兵士は言う。
 
『まさか前線へ行けといわれたのか?』
 
後ろにいるラッシュからはビュウの表情は見えなかったのだが、聞こえてきたビュウの声はいつも通りだった。
 
『ああ。ついでに戦竜隊の隊長だって』
『なんだって!?おいビュウ、ビュウが隊長になるのか!?それじゃあいよいよ出陣ってことだよな!』
 
隊長-ビュウが隊長になる。
先代の戦竜隊隊長が死んだのは3年前だと聞いた。
それからは代理の隊長が軍を率いていた。
ラッシュは何故あんな弱いヤツが隊長代理をやるのか、ビュウという適任がいるのにと、
自分達の相談役兼重装団団長のマテライトに抗議をしに行ったことだってある。
だからビュウの隊長就任の知らせを聞き、自分の夢が叶ったような気分だった。
だが振り返ったビュウの表情には、喜びの欠片さえない。
 
『ラッシュ。俺が隊長になるってことは今戦に行っている代理が、死んだということだよ』
 
耳元で心臓が鳴った。
考えないようにしていた戦の-死の恐怖を目の前に突きつけられた気がした。
硬直、したのだろう。
それもそうだなと返事をするのが精一杯で、しばらくは二人が話していることを聞いているだけだった。
いつの間にか握っていた拳に気づき、力を込めて開く。
顔を上げると、青い瞳が再びラッシュを捕らえていた。
 
『大丈夫か?ラッシュ』
 
たどたどしく返事をすると、ビュウが意外にも-滅多に見せない-笑みを見せた。
一瞬呆気に取られたものの、急に恥ずかしくなって、ラッシュは赤くなる顔を自覚しつつもビュウに何故笑っているのか尋ねる。
 
『いや、だってラッシュってばいつも強気でマテライトにだって噛み付いてるから、戦争なんて腕試しの場だと思っているのかと』
『んなわけないだろ!だって戦争だぞ』
『最近眠れてないのは、武者震いで眠れないんだろうと思ってたよ』
 
いつも腕試しがしたいって言ってたし、とビュウが続ける。
それもそうだ。
ビュウと話しているうちに、胸の真ん中に溜まっていた重苦しいものが段々と軽くなるのを感じる。
みな、緊張していないわけがないのだ。
ビュウでさえ、思うところがあるに違いないのだ。
 
『戦争か。怖いよね』
『そりゃそうだろ!俺だってよくトゥルースに短絡的だの考えなしだの言われるけど、そのくらいはさ』
『トゥルースの胃の調子はどうだろう。まだ痛むのかな』
『昨日も吐いてたもんなあ。ビッケバッケは普段と変わった気がしねぇけど』
『いや、彼は太ったよ。ここ数日で』
『あぁ?いつも太い腹見てるからわからねえや!』
 
笑った。
釣られたのか、ビュウも少し口元を緩めた。
 
『俺は簡単に死なないぜ!ビュウだって俺が守って見せる!』
『え?ラッシュが?』
『当然だろ!初陣はしっかりと決めるぜ!』
『そうだな。期待してる』
『あ、それでそれにはなんて書いてあったんだ?』
『それは二人が起きてきてから話すよ』
『俺達も出撃出来るんだよな?まだ訓練生でいろってことはないだろ?』
『だから後で話すって』
『ちぇ。さっさと二人とも起きて来ないかな』
『疲れてるんだ。ゆっくり寝かせてあげなよ。どうせ-眠れない日々になるんだ』
 
ビュウがそう言って遠い目をした。
やっぱり俺達も出撃するんだと、ラッシュは確信する。
死への恐怖は、もうない。
今はもう自分が守りたいものを守ることしか頭にない。
怖いのはそう、自分が死んだときに守りたいものが死ぬことだ。
姫様…。
呟いてからハッとし周囲を見渡すが、いつの間にかビュウの姿はなかった。
おそらくドラゴンたちに先に知らせに行ったのだろう。
人間より先にドラゴンだなんてビュウらしいなと、ラッシュはひとり笑った。
 
緊張が取れたのか、その後ラッシュは唐突に眠気に襲われ、起きたのは昼過ぎだった。
トゥルースが起きてきたのはきっかり起床の時間で、ビッケバッケが起きたのは朝食直前らしい。
起こしに来たトゥルースに呆れられながら食堂へ行くと、ビッケバッケが昼食を前にして菓子を口に運んでいた。
言われてみればビッケバッケはさらに丸くなったような気がする。
 
『よく寝てましたね、ラッシュ』
 
続けて目の下に大きなクマを作ったトゥルースが顔を覗き込んでくる。
ラッシュより低い身長のトゥルースは若干女顔なこともあって、上目遣いで見られると一瞬ドキリとしてしまう。
もっと言えば、ちゃんと目を見られるときはほぼ叱られる時なので、条件反射でもある。
 
『おはようラッシュ。もう大丈夫なの?』
 
ビッケバッケがこちらに気づいて声をかけてきた。
もちろんだと返事をしてから、ビッケバッケの腹を眺めていると、後ろからビュウの声がして、ラッシュは振り向いた。
 
『そろったね』
 
腰に二本の剣をさげたビュウが立っている。
先ほどの軽装とあまり変わっていないのだが、額に鉢巻を、薄茶の布を首にまわしていた。
 
『隊長、その格好は』
 
普段演習のときにしかしませんよねと、トゥルースは続けたかったのだろうけれど、
 
『順番に説明するよ、トゥルース』
 
焦れるトゥルースと違って、ビュウはいつも通りの態度だった。
早朝に勅令が来たこと
自分が隊長になったこと
出撃命令が出たこと
出撃するまでの間、カーナ戦艦の旗艦への搭乗が許されること
最後に、何があっても自分の命を大切にすること
簡単に言うとそんな感じだな
とビュウが締めくくる。
 
『よっしゃ!!』
 
ラッシュはガッツポーズをとった。
その横で、暗い顔をしたトゥルースがキッと顔を上げて手をあげる。
 
『隊長!質問があります!何故そんなに落ち着いていられるのですか』
 
ビュウからの返事も待たないうちにトゥルースがまくし立てる。
今まで彼がこんなに焦っているところなんて、見たことがなかった。
いつも彼は冷静で、はやるラッシュを抑える役目だったのに。
 
『落ち着いて…落ち着いてか。そういうわけじゃない』
『じゃあどういうわけですか?教えてください!』
 
隣にいるトゥルースがびくりと震えるのが見えた。
今にも顔が引きつりそうな、泣いているのか笑っているのかよくわからない表情だ。
自分もあんな顔をしていたのかなとぼんやり思う。
捲くし立てるようなトゥルースを見かねてラッシュが声をかけようとしたとき、ビュウがふとラッシュを見つめた。
それに気づいたラッシュは口ごもる。
ビュウの視線が、何も言うなと語っていたからだ。
トゥルースへ向き直ったビュウが、淡々とも言えるような声音で話し出した。
 
『オレは、戦争は自分に関係がない話だと思っていた。ついこの間まで』
『…?』
『他国では小競り合いをしているけれど、カーナは平和だから、戦争なんて想像しかしなかった。それも絵空事のような。
 実際にカーナが戦争をすることになったとき、ようやく実感した。戦争がなんなのか。
 それで、色々考えた。考えたけど…』
『けど?』
『結局何が怖いって、自分が死ぬことじゃなくて、守りたい人を守れずに死ぬことが怖いことに気づいた』
『守りたい…人』
『自分が死ぬことは怖いさ。死んだらどうなるんだろうって思うと眠れない。でもそれは今に始まったことじゃない。
 守りたい人が死んだら、きっと死に切れない。だからただ戦うことにした。守るために。
 そうしたら…なんていうんだろう。トゥルースが言うように吹っ切れたというかね。
 これはオレの考えだから、ちょっと理解しづらいかもしれないけど』
『守りたい…人』
『物とか、物質じゃなくてものいいんじゃないかな』
『僕、こうしてみんなと食べてるのが生きがいだよ!』
『お前は食いすぎだ!』
 
茶々を入れたビッケバッケに思わず突っ込んでから、ラッシュはトゥルースを見た。
さっきまで漂っていた悲壮感が消えているように見える。
守りたいものについて考えているんだろうな-とは思うものの、トゥルースの大切なものなんてラッシュは検討がつかない。
よく読んでいる小難しい書物だろうか。
 
『守りたいから戦う、か…』
 
トゥルースがぶつぶつと呟き出した。
さっきと違ってだいぶ顔色がいい。
たぶん、トゥルースはもう大丈夫だ。
後はビッケバッケだけだなと思いトゥルースから視線を外すと、ビッケバッケはなにやら嬉しそうな顔でドーナツを咥えていた。
昔からビッケバッケの思考は複雑でいて単純だから、ビッケバッケの悩みも今のビュウの説明で納得したのかもしれない。
 
『それじゃあ、すぐに出発だ。旗艦へ向かう』
 
ぶつぶつ呟きながら部屋を出て行ったトゥルースを追ってビッケバッケの姿も消えた後、
ラッシュはビュウにビッケバッケは単純でいいなと言った。
しかし、ビュウは困ったような顔で返した。
 
『それは違うよラッシュ』
『は?』
『確かに彼は単純だけど、ラッシュが思っているような単純さじゃない。悩みが解消したのは事実だけど』
『でももう悩んでないんだろ?ビュウしか今話してなかったじゃんか』
『ビッケバッケの悩みは君達が悩んでいることだったんだよ』
『え?』
『君達二人の悩みが消えたからビッケバッケの悩みも消えたんだ』
 
そういいながらビュウも部屋を出ていく。
ラッシュは慌ててその後を追った。
 
少し距離を置いて、ビュウの後ろを歩く。
何とはなしに顔を掻きながら、照れた顔を誤魔化す。
ビッケバッケがそんなことを考えていたなんて、全然気付かなかった。
何故ビュウはわかったのだろう。
 
『よく見ているから、か…』
 
ぼそりと呟いた。
ビッケバッケの戦う理由は何なのだろう。
自分が戦う理由はわかってる。
守りたい人もわかってる。
ビュウの守りたい人は誰なのか。
聞いてみたい。
でも聞かなくてもわかっている気もする。
聞いてしまえば、自分のライバルになる。
 
『ラッシュ』
 
呼ばれて顔を上げた。
裏口から外へ出ようとするビュウが、扉に手を掛けたままラッシュを見ていた。
 
『俺が守りたいのは、この国の人みんなだよ』
 
見透かされたような気がした。
いや、先手を打たれたと言うべきか。
どちらにせよ、ラッシュはビュウの背にかける言葉を飲み込んだままになった。
 
 
 
風のうなりが頭の片隅をよぎる。
慌てて手綱を握り締めて顔を上げると、ビュウとビッケバッケの後ろ姿が見えた。
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