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                  《Side Bikkebakke》
見慣れた景色が、見慣れない景色に変わっていた。
空からでもよくわかる。
そこかしこに火の手が上がり、熱気はここまで伝わって来る。
こちらに気付いた弓兵が矢を射るけど、届かない。
涙がこみあげそうになって、ボクは唇を噛んだ。

「大丈夫か?」

前から声がかけられた。
ボクの上官。
カーナ戦竜隊の隊長だ。
いつも何も言わなくてもわかってくれていて、そっと言葉をかけてくれる不思議な人。

「大丈夫だよ。頑張ろうね、アニキ!!」

涙を押し止めて、アニキへそう言った。
彼は短く返事をしながら、サラマンダーを城門の前へと急降下させる。
慌ててしがみつきながら隣の空を見ると、ラッシュとトゥルースもドラゴンにしがみついていた。
ボクがしがみついているアニキだけが、身体を起こして手綱を引いている。
いつだったか、ラッシュやトゥルースとこの城門の前で、城の中の生活がどんなものなのか想像を巡らせたことがある。
ボクたちは家出少年と言えばいいのか、つまりは浮浪児だったから、豪華なことなんて考えても貧弱な物しか浮かばなかったけど、
それでもその浮浪児のような暮らしよりすごく楽なことには違いがなくて、でも羨ましいとは誰も言わなかった。
ボクたちは好きでその生活をしていたわけじゃないけれど、自分で選んだ生活だったから。
初めて、アニキに出会った城門。
ここにはボクの思い出がひっそりと置かれている。

「先に行ってるぜ!」

地面に着くなり、落ちるようにして降りたラッシュが叫びながら走って行った。
城門を叩いて、開門と叫んでいる。
トゥルースが慌てて後を追って、ボクも反射で追い掛ける。
走りながら首だけで振り向くと、アニキは城門ではなく城を囲む川の向こう側を見ていた。

「アニキ、開いたよ!」
「ああ」

ボクはラッシュたちに続いて城の中へ入った。
少し遅れてアニキの足音が着いてくる。

「だいぶ近くに来ているようだ」

そうアニキが呟いた。
広間を抜けて、その先の大きな扉を開ければ、そこにボクらが仕える王様がいる。
いつもいるはずの門の横の兵士は、今日はいない。
広い広間にぽつんと扉が佇む姿は、なんだかおかしかった。
その扉をラッシュが勢いよく開け放って、騎士団やちらりと王様の姿が見えたとき、
もう後戻りが出来ないのだと、ボクは自分に向けて呟いた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


                  《Side Anastasia》
その日は朝から張り詰めていた。
彼女は自分の震える手を見て、他の子達の真っ青な顔を思い出す。
自分達の手で王を守ることになろうとは、思ってもみなかった。
兵士の育成に力を入れていたこの国には魔法使いは20人程しかいなかったが、敵を食い止めるために16人が出ていったから、
今この城には4人しか魔法使いはいない。

(センダック老師も魔法は使えるから、5人いると思っていいのかな…)

でも、足りない。
ロッドを握り締めて、彼女は部屋を出て広間へ向かった。
廊下も、食堂も、いつもより断然人が少ない。
話し声さえ聞こえない。
いつもは広間の真ん中で高い声を出して賑わう友達を、今日は広間の隅に見つけた。
こちらから声をかける前に、見つかって名前を呼ばれる。

「あ、アナスタシア…」

すらりとした線の細い少女が彼女の名前を呼ぶと、残る2人が振り返った。
一様に暗い顔をしている。

「エカテリーナ、どうしたの?フレデリカ、薬は飲んだ?ディアナまで暗いじゃない」

彼女は努めていつも通りにふるまった。

「怖いに決まってるわ」
「前線のみんなは大丈夫なのかな…」
「薬は…飲みました…」

口々に少女たちは答えた。
みんな声が震えている。

「もう、みんな暗すぎよ。前線のみんなが頑張ってる時に、何弱音を吐いてるの!」
「それは…そうだけど…」
「あたし達が、王を守るあたし達がこれじゃ、前線のみんなは安心して戦えないわ!」
「アナスタシア、強いね」
「言っておくけど、あたしも怖いんですからね!」

その時、ポン、と肩を叩かれて、彼女は驚き振り返った。
振り返ったが、そこに顔はなく、見慣れた胴当てがあった。

「ミスト!」

背の低い彼女とは頭ふたつは違う、すらりとした背の高い女性がそこに立っていた。

「頼もしいね」

ニコ、と笑みまでが降ってくる。
ミストを見上げながら、彼女は頬を膨らませた。

「驚かせないでよ、ミスト!」
「そんなつもりはなかったんだよ、本当に」

あははと笑いながら、ミストはごめんごめんと謝った。
その自然体の笑みに、思わず周囲もつられて笑いだす。
そして緊張の糸が途切れ、溢れた涙が、アナスタシアの頬を濡らした。

「アナスタシア!?なんで泣いてるの!」

その涙に慌てたミストが大きな声を出す。
アナスタシアの後にいた少女達も驚いて、彼女の正面に回った。

「大丈夫、大丈夫よ。緊張がほぐれただけ。ごめん」
「驚かさないでよ!もう」
「えへ…。ミスト、すごいね」
「ん?」
「だってこんな時に笑っていられるなんてさ」
「何言ってるの!こんな時じゃないとアピール出来ないでしょ!」
「へ?アピール?」
「いい?王は私が護るから無事なの!目の前で庇う私を見て王がこういうの。
 『ミスト、私にはお前が必要だ。階級なんて関係ない。ずっとそばにいてくれ』
 なんてね!!!」
「ちょっとミスト、王様が好きって噂は本当だったの!?」
「オッサンが好きって噂も!?」
「オッサンが好きなわけじゃないわよ!渋い人が好きなの!」

黄色い声が広間に響き渡った。
それはいつもの光景で、彼女はこの日常こそが、自分が護りたいものだと気付き、キュッと唇を引き締めた。

「主戦力も敵の要塞に行ったし、それにカーナにはバハムートがついてるわ!ここにまで敵は来ないわよ」
「そういえば今王がバハムートに会いに行ってるって」
「私も一度見てみたいなぁ」
「でも神竜と会話が出来るのは王の血筋なんでしょ?」

バン!
彼女たちの会話は大きな音で唐突に止められた。
直後、ガチャガチャという音と共に重たい足音が近づいてくる。
柱の陰からそっと覗くと、金色に光り輝く鎧を纏った男が、王の間へと入る後ろ姿が見えた。

「今の、マテライト?」
「そうみたい。戦況報告でも届いたのかしら」
「それなら召集がかかるだろうし、行ってみる?」

彼女達が広間の中央へ出てきたとき、再び外への扉が開き、今度は息も絶え絶えになった青い鎧の男が入って来た。

「あれ、バルクレイ。どうしたの?」

ミストが男に手を差し伸べた。
身振りでその助けを断ってから、バルクレイは何事かを呟いているのだが、息切れが邪魔をしてよく聞き取れない。

「ちょっと落ち着いて、どうしたのよ?」
「重たい鎧着てジョギングしてたんでしょ、どうせ。体力作りのためとか言って」

アナスタシアがフンと鼻をならして腕を組む。
彼女とバルクレイは毎日のように喧嘩をしている。
魔法使いの方が強いだの、鉄壁のヘビーアーマーには魔法なんて効かないだの、それはもう喧々と言い争う。
いつもの言い合いが始まるのだろうと周囲が気を抜くと、キッと-バルクレイがアナスタシアを睨み付けた。
そして直ぐに視線を傍らのミストへと移す。
アナスタシアの胸にズキンと痛みが走った。

(あれ?)

体調を崩したのかと思わず胸をおさえた彼女の前で、バルクレイはようやく聞き取れる言葉を発した。

「敵がもう、すぐそこに…!今、マテライト殿と偵察に」
「え?」

更に強い痛みが胸に走った途端、爆発音とともに城が揺れた。

「きゃあ!!」

誰かの-多分フレデリカの叫び声が聞こえた。
揺れは直ぐにおさまった。
アナスタシアがいつの間にか閉じていた目を開けると、目の前には青い鎧があった。
顔を上げると、自分の頭上に伸ばされた太い腕が、人の頭くらいの石を持っている。

「外見てくる!みんなマテライトのところへ!」

ミストが外へと走りだし、同時に王の間へと続く扉からダミ声が彼女達を呼んだ。
一斉に王の間へと駆け込む間に、彼女は後を振り向いた。
手に持っていた瓦礫を放り投げる彼の頭上の、先ほどまで彼女が立っていた辺りの天井に欠けた凹みを見つけて、鳥肌が立つ。

(なんなの?それより今の爆発は魔法の爆発音だったし敵がいるってどういうことなの!?)

何もかもが一瞬過ぎて、頭が混乱しそうだった。

「アナスタシア!早く!」
「ごめん!」

立ち止まりそうになっていた足を動かした。
今はとりあえずマテライト達と合流すればいいと言い聞かせ、彼女は足を速めた。
王の間に入り、整列する。
その後バルクレイが入り、そしてミストが戻って来るまでに5分とかからなかった。

「敵が攻めて来たのじゃ!討って出るしかないのじゃ!」
「なんでここに敵が!?」
「そんなことはわかりきっとるわい!前線の奴らがやられたか囮だっただけじゃわい!」
「でもこの人数じゃ」
「そろそろ戦竜隊が来るはずです」

混乱と緊張が混ぜられた気持ちが、彼女の心を掻き乱していた。
みんなの声が聞こえているのに、よくわからない言葉にしか聞こえない。
このままじゃいけないと、頬を叩いた。

「あの…アナスタシア?」
「大丈夫よ。なんか混乱しただけ。ありがとね、エカテリーナ」
「お礼を言うのは私の方。さっきはありがとう」
「気にしないで。あたしもみんながいなかったらもう逃げ出してた」

エカテリーナは親友だ。
幼い頃から共に魔法を学んできた。
いつも小さなアナスタシアの後に隠れている臆病なエカテリーナが、ロッドを抱え真っ直ぐな眼差しでアナスタシアを見ていた。
初めて見る親友の姿に、アナスタシアの胸が熱くなる。

「あっ…?」

さらに言葉を交わそうとして口を開けた矢先、エカテリーナがハッとした表情で自分の手元を見た。
どうしたのかと尋ねると、エカテリーナがそっとロッドを持つ手を差し出した。
ロッドには真ん中辺りに黒い線が入っていた。

「え?なにこれ、ヒビ?」
「…取り替えてくる、すぐ戻るから…」
「う、うん。すぐに戻るのよ!」

小走りに駆けていくエカテリーナの後姿を見送って一息つくと、すぐに扉が開いた。
あわただしく姿勢をただし、彼女は拳を握り締める。
目の前を眉間に皺を寄せた王が通り過ぎ、さらにその一人娘の王女が儚げな雰囲気をまとって通り過ぎて行く。
王が玉座に着いた途端、ミストが身を乗り出した。

「帝国の大軍勢が迫っています!!」
「こちらの戦力は?」
「今ここにいる者とビュウ達が来ます!」
「戦竜隊の連中…何をしておるのじゃ!!」

ダミ声が響いて、彼女はその時初めて戦竜隊が来ることを知った。
不思議な少年-確か自分と同い年のビュウも来るのだろうか。
あの少年が。

「…」
「カーナ王!バハムートは…?カーナの守護竜バハムートはどうしたのでしょうか?」
「……」
「…神竜の目覚めるとき」
「え?」

王の前へ居並ぶ数名の兵士たちの後ろに、いつの間にか、白髪に髭を蓄えた初老の男がひっそりと立っていた。
王女の教育係兼、導師として魔法を教えてもいるセンダックだった。

「今が…その時では?」
「そうですよ、だから今こそバハムートを」

拳を握り締めて力説するミストをちらりと見やって、センダックは言う。

「バハムートは……カーナを…」
「センダック…言うでない」

みなまで言われずとも、察することができた。
この国の守護竜は-伝説でしかなかったのだ。
心の隅の何かが欠けた気がした。
けれど、彼女の士気には変わりなかった。
他人ではない、自分の手で守りたい人たちがいると、わかっていたから。

「我らには、まだ戦竜隊…ビュウ達がおる」

王がぼそりと呟いた。
戦竜隊はカーナの切り札で、攻守ともに優れた兵士しか就くことができない、言わばエリートだ。

「あれ?でも戦竜隊は敵戦艦の足止めをしているってさっきマテ…団長が」

アナスタシアがふと思ったことを口にすると、その正面にいたバルクレイが答えた。

「万が一のため、若い人には残ってもらったのです。ドラゴンも3頭いるはずです。
 それに、戦竜隊隊長としてビュウさんが昨日任命されました」
「え?そうなの?」
「そうじゃ。ワシが王にお頼み申したのじゃ!」

ダミ声が金色の鎧の中から聞こえてきた。

「一昨日の夜更けに任命が決まって、昨日の明け方には辞令がくだったのじゃ!新米隊長じゃ!!」
「あ、ドラゴンは3頭来るの?それならチームを分けなきゃ…」

センダックが思案しているその時に、玉座の後ろに控えた少女が何かを-おそらく戦竜隊隊長の名前を呟いたとき、扉が乱暴に開かれた。
茶色い髪の何度か見かけたことのある少年は、そのまま部屋へ駆け込むと

「遅くなったぜ!!」

と王の御前だと言うのに声を張り上げた。
後から入って来た少年が、そんな彼の頭を鷲掴みにして謝らせようとするが、するりと逃げられ、結局1人だけ頭を下げた。

「遅れましてお詫び申し上げます!とにかく、カーナ王に報告を…」

直後に小走りで入って来たのはビッケバッケだった。
まだ下手な彼女の料理を味見してくれるのは彼しかいないので、彼とは友人だ。
さらにその後ろから、青い服に軽防具しかつけていない少年が現れた。

「ビュウ!上から見た感じだとどうじゃ?どこまで敵が来ているのじゃ?」

マテライトが声を張り上げた。

「そのことなら私から説明を…!」
「さっさとせんか!」
「外に敵がたくさん!はやくはやく!!」
「おそらく、敵の空中要塞はおとり…帝国の戦略にはめられました…。こんなはずでは…」

ぎゅっと下唇を噛むのが見えた。
そんなトゥルースに眼もくれず、金色の鎧をガチャガチャと鳴らしながら重装兵団団長が扉へと向かう。

「いいわけなどいらん!!ワシに続くのじゃ!!城門で敵を食い止める!!」
「黒はマテライトについて!白はワシに…ミストさんもワシのとこへ」
「ラッシュ、トゥルース、ビッケバッケ、行くよ」

バタバタと慌しく、広間に王と王女を残して彼女達は去って行った。



足音も去って、残された王が、娘の名を呼ぶ。
王女は返事をして王の傍らにかがんだ。

「ヨヨ、伝えておきたいことがある」
「やめて、お父様…」

己の手を握りながら、王女は呟いた。
下を向き、震える唇と手を必死に押さえ込んでいるようだった。
王は、その大きな手を娘の頭の上に乗せる。
涙ぐんだ瞳が王の顔を映した。

「…強く生きるのだ」
「…?」

どういう意味なのか、彼女にはわかりかねた。
王-父が笑っている理由もわからなかった。
自らが羽織っていたマントを渡される。
王家の血をつぐ証でもある、国旗の刺繍が施された茶色い布地は歴代の王へと受け継がれて来たものだ。
それが渡された意味だけは理解して、彼女は震える声で叫んだ。

「敵は…ビュウが退けてくれます!私達を助けてくれます!負けません!彼らが…負けるはずなど…」

涙をぼろぼろ流しながら王の膝元に泣き崩れた少女の頭を、父親の手が撫でた。
その顔には愛しい娘の行く末を慮る父親の表情が浮かんでいる。
少しの間をあけて、ようやく少女が顔を上げたとき、カシャリと金属が触れ合う音がした。

「…!」

少女が見上げた父親の喉元に、刄があてられていた。

「動いてはいけない」

冷めた声が頭上から響き、少女自身の喉元にも冷たいものが押しあてられた。
父親から引き離され、少女は蒼白になる。

「そ…」

唇を震わせる少女の目には、喉元に剣を翳された父親と、剣を握り冷ややかな表情で少女を見つめる青年が映った。
その青年が不意に剣をしまい、王の後方へと下がる。
もはや少女を見ていない青年の視線の先、扉からは数人の兵士が入って来るところだった。

「お初にお目にかかる。カーナ王よ」

王の前に進み出た長髪の男がそう言った。

「カーナは私が貰い受けた。なに、素晴らしい世界にしてみせる」

至極真面目な顔で、男は言った。
そして、男が自らの名を名乗ったとき、少女の目の前には闇が広がった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


                  《Side Matelite》
目の前の、雑兵と言われる類の敵を薙ぎ倒したとき、男は違和感を覚えた。
城攻めの先陣としてはあまりにも弱すぎたのだ。
勿論、こちらの出方を伺うために出した犠牲用の兵士なのかもしれない。
しかし自らの剣の腕で成り上がった“自称皇帝”は、頭も切れるという。
そんな不安があったものだから、先ほど倒した兵士の向こうに新たな敵が出現した今、男は安堵の吐息をついた。

命に代えてでも守り抜いて見せる。
この戦が始まった時に立てた誓いをもう一度胸の内で呟いてから、男は大柄な体型にふさわしい大斧を一振りし、血を払った。
一呼吸おいて顔を上げた先の敵兵と目が合う。
その視線はこの場にそぐわしい殺意とは違う、明らかな哀れみと取れる感情を湛えている、と男が感じたと同時、
右後方から聞き慣れたしわ枯れ声が聞こえてくる。

「ビュウ、おかしいよ。皇帝どころか将軍の姿もないし、罠かも…」
「え?」

男は自分の襟足がチリチリと燃える様な、それでいて頭に一気に血が昇る感覚に襲われた。
何十キロもある重鎧が擦れ悲鳴を上げる。
急に振り返った男の形相に、老体と年若い少年達が驚いた顔を見せた。
しかし城の門が開く音に釣られて、彼らは男から目を離し城を振り返る。
男によって、例え我々が全滅したとしても開けるなときつく門番に言い聞かせていた門。
果たして、そこから現われたのは鎧を自らの血で濡らした護衛の兵士であった。
男はその姿を見た途端、仕えるべき主君の名を呼びながら城へと突撃して行った。
とても重鎧を装備したとは思えない機敏さで走りだした男に突き飛ばされながらも、兵士がかすれた声を上げる。

「敵が…中に!王が…」

皆最後まで聞かなかった。
顔を青くするもの、興奮の余り剣を抜きながら走りだすもの、それぞれ我先にと門をくぐり抜けて行った。



最後に残されたのは年若い少年だった。
誰もが駆け込んで行った門の前で立ち止まり、崩れ落ちる兵士の体を支えた。
もう焦点の合わないその兵士が差し出した手を掴み、頷き、直後に痙攣しうなだれた体をそっと地面に横たえる。
すぐに立ち上がると、じわじわと川を凍らせ渡り始めていた敵を蒼い瞳でもって射た。
思わず進軍を止めた兵士達を細めた視線で見つめてから、そらす。
そして傍らの燃えるような色をしたドラゴンに話しかけ、その周囲にいたドラゴン達にも視線を配り、門をくぐった。
少年の姿が見えなくなるやいなや、ドラゴン達は飛び立った。
城を見下ろす位置で旋回し続けるドラゴン達に警戒しながら、氷の上で歩を止めていた兵士たちは再び歩きだす。
既に陥落した城に残る兵士を討ち取るために。







門をくぐった瞬間、男の鼻は焦げた匂いを感じとった。
だが戸惑うことなく走り抜ける。
その目には門の開閉装置にべったりと付いた血糊も、男が目指す先の部屋まで点々と続く赤い滴りも映さない。
ただいつもは重いと感じもしない鎧が、いつもの数倍重く感じることだけが今の男の全てだった。
重鎧同士がぶつかり合う重たい音が廊下に響き渡る。
いつもは走ることを許されない、いや、いつもであれば男がそこを走るものを咎める、赤い絨毯が伸びる広い廊下。
その先にそびえる、少しだけ開かれたあの扉をくぐれば、彼の主君がいる。
冷たくなる指先を握りしめながら、男は乱れる息もそのままに、王のいる謁見の間へと飛び込んだ。






                  《Side Truce》
彼は前を走る同期のナイト達の背中を見ながら、この先に待ち受ける光景を思い浮かべていた。
自分がまとめた今までのデータが正しければ、相手は非情とも呼べる速さでもって、既に自分等の主君の命を奪っているはずだ。
もしかすると、親友と呼べるナイトが密かに恋心を寄せている少女にまで、手を掛けているかもしれない。
その光景を思い浮かべようとし、友人に「お前は最悪のことばかり想像し過ぎだ。少しは希望を持て」と言われたことを思い出す。
別に最悪のことばかり考えているからといって、希望を持っていないわけではない。
けれどもこういう事態になるとわかる。
願望として良いことを考えていたいのだ。
例え、普段は現実逃避だと笑っていたことだとしても。
彼らは赤い絨毯を駆け抜け、既に開かれた扉をくぐった。
途端金色の何かが目前に迫り、彼ら3人の体を吹き飛ばした。
彼は思わず叫んだ。友人2人の声もした。
彼らを吹き飛ばした金色の塊は呻き声を上げながら起き上がり、また部屋の中へと駆けていく。
よく見れば金色のそれは自分らを日々鍛えていた教官であり、口うるさいと敬遠してもいた男だった。
男の向かう先には小柄な男がいた。
戦場には似付かわしくない貴族のような服を着た、けれどもそれが全く似合わない下卑びた笑いを浮かべる男だった。
口早に呪文のようなものを呟きながら細身の剣を奮った矢先、金色の重い体が再び吹き飛んでくる。
小柄な男の名前を思い出そうとしていた彼は咄嗟の反応が遅れ、その巨体を正面から受けた。
友人が自分の名前を呼ぶ。
壁と巨体に挟まれ、肋骨がきしむ音が耳へと届いた。
あまりの痛みに金色の鎧を押し返すことも出来ず、彼は悶絶した。
このまま挟まれていては窒息してしまう。
そんな危機感が脳裏を掠める。
しかしすぐに金色の鎧は立ち上がった。
何も言わずに起き上がると、もう何度目なのか、再び相手へと向かって行った。
クッションとなった自分を振り返りもせず立ち上がった男へ抱いた不満は、
金色のはずの鎧が真っ赤に染まっていることに気付いたときに消え去った。
視線を泳がせれば、男の迎う先の小柄な敵の向こうに、自分等の主君とその一人娘である王女がいた。
生きていた。
安堵したものの、王と対峙するように、こちらに背を向けて立っている男に気付く。
青い長髪の男だった。
思わずその名を呟き、ぞわりと襲ってきた寒気に身を硬くする。
今、どんな状況なのか。
頭の回転が速い彼には理解出来た。
そして同時に、理解出来ないながらも助けるために敵へと突進して行った友人たちのような愚直さが欲しいと彼は思ったし、
理解していながらも抗う上官のような意志の強さが欲しいとも思った。
どちらにせよ、彼は今自分の弱さを痛感した。
その彼の視界の端に薄く透き通る様な陽だまり色が混じった。
敵の視界に入らないよう死角へと音もなく駆けていく。
そのまま、自分等の教官が向かっている男に二本の抜き身の剣が向けられたとき、玉座から喜びを含んだ甲高い声がした。

「ビュウ!」

その声に即座に反応したのは敵の将軍だった。
血を撒き散らしながら向かって来る巨体を、自らの死角から迫りつつあった小さな体へ向かって吹き飛ばす。

「…!」

受け止め損ねた小さな体が、巨体と共に宙を舞う。
壁に当たり止まった2つの体は、片方はもう動くことさえ出来ないようだった。
その後ろから這い出してきたのは、彼らの隊をまとめている幼さを残した少年だった。
不意の衝撃だったせいか、肩口を押さえて顔を歪めている。

「隊長…!」

声をかけた矢先、玉座から聞き慣れない声が微かに聞こえる。
ハッとして玉座を振り返るが、ここからでは何を話しているのかわからない。
悠長に話している場合ではないだろうに、何故このような状況で会話をしているのだろうか。
彼は痛みを忘れて考えに没頭しようとした。
しかし、玉座での会話は彼の知らないことであり、彼が思考から現実へと目を向けるのはもう少し後のことになる。






                  《Side Matelite》
男は指先に力をこめた。
もう指先しか動かせない体を叱責しながら、すぐ横で肩を押さえながら立ち上がった少年を見やる。
先ほどの戦いでも返り血さえ浴びずに敵を葬った少年の唇の端が切れて、血を滲ませている。
少年の服に着いた血は、恐らく今自分の鎧が血塗れであることを表しているのだろう。
落ちている2本の剣も拾わずに後ろの壁に押さえた肩を押しあてていた。

「は…ずし…っか」

喉に引っ掛かる血にむせながら男は問うた。
少年は無言で頷き、一際顔を顰めた。
そして一息つく間もなく落ちていた剣を拾い上げ、そっと男の巨体の陰へと身を寄せた。
男はその行動の理由を探すために、少年が見ている先―玉座を見た。
先程より暗い。
既に火が消えかかっている。
男と王の間に立ち塞がる3人の将軍は男たちに背を向け、自分等の皇帝と男の主君との会話に耳を傾けているようだった。
もうこちらを見ている者がいない。
行動を起こすことが出来る。
ただ一人であっても。
そう思って自分の陰に少年は隠れたのだろう。
男は、自分で視界の半分を遮られている少年と呼吸を合わせた。
自分の呼吸を合図に、少年が飛び出してくれるに違いない。
男は確信していた。
まだ幼さを残す歳であり、経験こそ乏しいものの、幼い頃から育んだ王家への忠誠心やその武才は、
自分に引けを取らないと知っていたからである。
男はじっと機会を待った。
唐突に振り返った敵に悟られないよう感情の一部を殺しながら。
そんな男に視線を向けた青い長髪の男は、ふと笑った。
男の手が震え、金色の鎧を血が伝った。
その様子に今度は苦笑の様なものを浮かべた青い長髪の男は、横に目を向けると顎で部下に指示を出した。
男が見た先には自分の名前を叫ぶ少女がいた。
すぐに腹を打たれ、金色の髪がふわりと軌跡を描きながら敵の腕の中へと収まる。

「姫様!」

叫んだ直後、男の視界は真っ赤に染まった。
玉座から吹き上がった赤が、壁と天井を染めた。
天井近くまではね上がった塊がゴトリと床に落ちるその様子は、男の目にはスローモーションの様に映った。
もう動かないと思っていた男の体が軋み、血が吹き出る。
後ろから精一杯の力で押さえる手がなければそのまま顔から床へと激突していただろう。
少女とともに裏門へ続く通路へと消えていく敵の姿を追うことも出来ず、自分の呼吸も忘れ、男は意識を止めた。






                  《Side View》
敵達の姿が消えたのを確認した後、少年は目の前の金色の鎧を乱暴に叩いた。

「マテライト!しっかりしろ!」

茫然とした目で見返してきた男の目に生気が戻るのを見た少年は、男の腕を自分の肩に回しゆっくりと立ち上がった。
男の血で滑る鎧に必死に手を回し、半ば引き摺るように玉座の前へと巨体を運ぶ。
血だまりの中、それでもしっかりと主君の体を整え始めた男を確認し、少年は扉を振り返った。
将軍達が放つ殺意によって扉をくぐることさえ出来なかった女性達が茫然とそこに立っている。
入口には自分の部下たちが女性より先に泣き喚いていた。
ぐるりと見渡した少年と目をあわすことが出来たのはただひとりの少女だけだった。
少年の無言の呼び掛けに、彼女は反応した。
彼女はすぐに周囲の女性達に一喝すると、負傷した兵士たちに最小限の回復魔法を施し始めた。
彼女に倣って、涙をこらえた少女達が泣き喚く男たちの傷を癒していく。
回復魔法を使えない者はまだ燃え残る火を消していった。
少年は言った。

「無事な仲間を集めよう。屋上でドラゴン達が待っているから…」

その声にかぶさるようにして、ダミ声が響いた。

「ワシは王を埋葬してから行く」

血塗れの金色の鎧から聞こえてきた声だった。
少年は振り返り、頷いた。
いつの間にか王の横には白い髭を蓄えた老人もいた。
老人からの視線を受け止めた少年は、無言でもう一度頷いた。

「ナイトは動けない者に手を貸して!
 プリーストとウィザードはまだ魔力を温存しておいて欲しい。
 脱出の際に外の敵に目眩ましが必要だから。
 …センダック、裏庭なら大丈夫だからそちらへ!
 俺は柱を折って正面の敵を足止めしてくる」

そう言い残し、少年は来た道を戻って行った。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


                  《Side Sendak》
残された者達は困惑していた。
未だ目の前の真実を受け入れられずに泣いている者もいた。
茫然としている者もいた。
悲観して己の命を終わらせようとする者さえいた。
もう駄目かもしれない。
仲間の意志がバラバラになっている。
王の遺体をカーテンで包み、目の前の男とともに持ち上げようとしていた老人は、次の瞬間に聞こえた爆音に思わず手を止めた。
顔を上げた先には、ロッドを振り上げた若いプリーストがいる。
泣いていた者も、剣を自身に向けていた者も、皆が一斉に彼女を見ていた。
皆を見渡し、彼女は言った。
せっかく残った体力を泣くことに使ってどうするのか。
姫がさらわれたのなら、これからわたし達がやることは何かわかるだろう。
今1人で敵を食い止めに行った少年が戻って来たときに失望させたいのか。
その声はよく通った。
普段の病気がちではかなげな彼女とは全く違う姿に、皆が驚いた。
そしてその声を聞いた誰もが、その目に生気を宿した。
最も放心状態となっていたナイトの少年が、涙を流しながら、壁を背にようやく立ち上がる。
考えなくては、と呟きながら仲間の少年を呼び、誰が誰を助けるのか、指示を出し始めた。


                  《Side Frederica》
彼女は動き出した仲間を見て、安堵の息を漏らした。
ふらり、と足元を崩して壁にもたれるが、すぐにディアナに体を支えられる。
ありがとう、と、ディアナが囁いた。
彼女はそれを聞いて赤面しつつ、わたしこそ偉そうなことを言って・・・と返した。
すぐに兵士達の下へ回復に走ったディアナを見送り、彼女は息を吐く。
異常な事態が起きていないか、見慣れた広間を見渡した後、一番の異常があった方へと目を向ける。
そこには赤く染められた分厚いカーテンで包んだ何かを二人で抱え上げようとしている男たちの姿があった。
血塗れな金色の鎧から、しっかりお持ちするんじゃ、という叱責の声が聞こえてくる。
彼女はよろよろと二人へと近付くと、金色の鎧へと背後から回復魔法を唱えた。
ハッとした顔で振り返った男へ、彼女は言う。

「これで・・・大丈夫です」
「フレデリカ」
「ここはわたしが見ます。…屋上に集合するのを忘れないでくださいね」

二人は頷き、膨れたカーテンを恭しく抱き上げた金色の鎧の男と老人は、ともに裏庭へと姿を消した。
その姿を見送って、彼女はまたひとつ息を漏らした。






                  《Side Sendak》
夕陽が差し込む裏庭にひっそりと小さな山が盛られる。
印もなく、一見して何もないかのように見える。
しかしその下には彼らの主君が眠っている。
城の周囲に広がった街並に戦火が灯るのを見ていた白髭の老人が、未だ墓前に向かって厳しい目を向ける男へと声をかけた。

「マテライト…もう行かなきゃ」
「わかっておる!」

老人はため息を吐いて、また火の手が上がる街へと視線を向けた。
恐らく民間人の犠牲はほとんど出ていないだろう。
そして反対に、戦いの訓練しか知らなかった兵士たちがほぼ壊滅的な打撃を受けたことに憂いを覚える。
いくら訓練を積んだ兵士達とはいえ、相手は傭兵稼業にて実戦を積んできたものたちだ。
しかもこちらの兵士達の多くは、神竜の加護が必ず自分たちを助けてくれると信じて…いや、甘えていた。
戦う前から、この結果はわかっていたのだ。
心の奥底に秘めたまま声には出せなかったが。
彼らの主君は、戦の直前に民へ逃げるよう指示を出した。
神竜がいるのに何故と家臣に問われても、理由は話そうとしなかった。
そして城への攻撃が始まり、城の皆が王に神竜について詰め掛けても、とうとう話さなかった。
今や、その理由はこの老人とさらわれたこの国の、いや既になくなった国の王女だけが知るだけとなる。
老人はまた溜息を吐いた。
うだうだ考えるのはよそう。
とりあえず今は今やれることをするしか出来ることが無いのだから。
いつの間にか俯いていた顔を上げると、共に墓を作った男と目が合った。

「もう行くのじゃ」

男の呟きにこくんと頷き、二人は来た道を引き返して行った。
小さな墓をそこに残して。
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