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「それ、付けようか?」
「あん?」
 指の先は袖を指していた。腕を捻って袖を見てみれば、白い糸がひょろリと飛び出た、黒に近い色の釦がぶら下がっている。
「ああ、いや、腹痛ェとか言ってただろ。自分でやるからいい。ところで昼過ぎからラッツとエッジの姿が見えないが」
「マジクの所よ」
 渡された裁縫道具箱をテーブルに置いて、ソファに腰を下ろす。改めて箱を開いて針と糸を物色した。
「あいつがロリコンに目覚める可能性はあると思うか?」
「目覚めたとしてもあの子たちには手を出せないわよ」
 針の穴に糸を通す手を止めて、すぐ横で腰に手を当てて仁王立ちをしている妻を見上げた。
「なに?」
 よく動く目が見返して来て、小首を傾げる。もうそろそろいい歳になると言うのに、妻は“ちょっとおとなしいくらいの普段通り”に見える。
 子供の相手をしていると若くいられるのだろうか。
「あ、白髪」
 痛痒い頭皮を押さえながら、遠慮なく抜かれた白い髪を見る。毛根まで抜けているのを見て、生理的に出た涙がさらに増えた気がする。
「で、なあに?」
「いや、マジクのこと信用してるんだなって思って」
 針の穴に糸を通した。最近手元が見えづらい気がする。だが断じて老眼ではない。目の疲れだ。
「信用というよりは確信ね。マジク、変なところは大胆だけど結構考えるじゃない、世間体とか。だから私たちの子には手を出せないと思うのよね」
 確かに変なところは大胆だなあ。
 そう呟きながら、袖と釦を繋ぐ長い糸を切る。
「人の着替え覗いたりとか」
「それは忘れてやれよ」
「なんで?忘れないわよ」
「・・・えげつない仕返しをしてるんだから五分五分ってところじゃねえのか?」
「なに?」
「なにも言ってねえよ」
 テーブルに釦を置いて、袖に残った糸くずを取る。布の繊維を見て、今まで糸が通っていた場所を確認していると、上から声が降ってきた。
「あなたって、器用よね」
「ん?」
 顔を上げた。関心しているふうでもなく、かと言って呆れているふうでもなく、事実を淡々と述べる時の顔でこちらの手元を見ている。
「まあ、昔から自分でやってたからな。姉さんの分もやらされて、ちょっとでも気に食わないとやり直しさせられたりしてたし、まあ、裁縫は釦付けくらいなら」
「産着とか」
「ん?」
「縫えるの?」
「お前が作ってラッツに着せてたようなやつか?」
「うん」
「あんなフリルがついたやつでなくていいなら、作れるんじゃないか?」
「じゃあ何着か作ってくれる?」
「ああ、わかった」
 少し掬った布から飛び出た針の先端にボタンの穴を通す。針の10倍はありそうな穴から出てきた針先を見てから、ハタと違和感に気づく。
「?」
「どうしたの?」
「最近誰かに子供が産まれたか?」
「産まれてから作るんじゃ遅いんじゃない?」
「・・・それもそうだな」
 釦の穴から針を取り出し、反対側の穴に通して再び布へ針を通す。二度ほど繰り返してから、再び手を止めて顔を上げる。
「いや、そうじゃない。知り合いに妊婦がいたか?」
「うーん。そういえば、妊娠したとき気持ち悪くなるの?とか色々聞かれたのよね、コギーさんに。もしかしたらそうなのかも?」
「へぇ、コギーがついにか。・・・なんか不思議な感じがするな」
「そう?」
 布と釦の間に作っておいた余裕に糸を巻きつける。ちょうど布の厚さの分だけ袖から離れた釦は、糸で自立しているかのようだった。
「産着はやっぱり白かな。どう思う?」
「そう言いながらどぎつい赤とかで作ってなかったか、お前」
「だって赤には魔除けがあるっていうじゃない?」
 確かに聞くけど・・・でもなあ、そう呟きながら、針から残った糸を引き抜いた。横からすっと出された白い手に糸くずを置いて、針を針山に戻す。
 マチ針がきれいに並んで刺されているクッションを作ってと言われたのは何年前だったか思い出しながら、ふとした思い付きを口にしてみる。
「・・・お前は、男と女どっちがいいんだ?」
「そうねえ。女の子女の子だったから、男の子・・・ううん、どっちも可愛いわよ?」
「それはわかっちゃいるが。あの長女に、あの次女だろ?そろそろ俺の話をまともにまっすぐ受け止めてくれる、おとなしい子が欲しいと思うんだが」
「それ性別関係ないんじゃない?ラッツもエッジもまっすぐのびのびとしてていい子じゃない」
「俺みたいに変に捻くれてないって意味ならそうだが、・・・なんだろう、涙が出てきた」
 立ち上がり、小さなゴミ箱に糸くずを捨てた妻の後姿は出会った頃と変わらない。
 本人はいろいろと不満があるようだが、正直そんなに気にしなくてもいいのではないかという違いに見える。
 エッジがまだ腹の中にいるときに縫ったエプロンを身に着けながら今日の晩飯について尋ねる妻を横目に、釦付けの出来栄えに内心満足しながら言葉を選ぶ。
「晩飯、なんでもいいのか」
「いいわよ」
「じゃあラッツが産まれる前日に作ってやつ、あったろ。お前も好きだって言ってた、えっと肉を包んだ」
「あれがいいの?」
「ああ」
「材料足りるか見てくるわね」
 スキップでもしそうな足取りで金髪を揺らす妻に思わず腰を上げ、口を何度か開きながらも声を出せないまま、そっと座りなおす。
 頭を掻いて、今付けた釦をまた眺めて、離れたところにいる人へ届くように少し腹に力を入れる。
「名前、どうする?」
「んー?そんなの顔を見てから決めるわよー」
「そうか。そうだな」
 よっつの袖釦を順番に撫でる。今自分が付けたものだけ少し高さが違う。つとととと、という感触を何度か指に感じてから、自然ニヤリと唇の端が上がった。
「顔を見てから、な」
 高さの違う三番目の釦をピンと弾いて腰を上げた。
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