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 唐突に胸のつかえが落ちた。
 先ほどまで漠然といらつきを覚えていた曲を、今の心持でもう一度聞いてみる。
 不快感はなく、どちらかといえば泣きたくなるような情動が漏れ出た。
 自覚するということはこういうことなのかと妙な納得もする。
 溜息をついて伝票を手に取り顔を上げた。
 3時間見続けた景色は道行く人の顔と太陽の高さくらいしか変化が無い。
 路上駐車されている車さえ変化が無い。
 こそこそと人の顔を伺う店員は増えた。
「ありがとうございましたあ」
 黄色い声に送られて店を出る。
 投げやりに足を交互に動かす。予定の時間まではまだ余裕があった。
 たまさかの徒歩での外出は、ここ数日に限っては憂鬱だ。
 口実が使えないからである。
 たまたま通りかかったから、という口実を、自分はかなりあてにしていたらしい。
 だからただ会いに行くにも電車やバスを使うのは気が引けた。
 それでも、Dのメカニックに預けた愛車は今日仕上がるから、徒歩での生活も今日が終わりだ。
 また口実が使えるようになる――ことに喜びを見出すのは何故なのか、先ほどまで延々と考えていたのだ。
 角を曲がると、ちょうど夕陽が目に入った。
 目を細めて顔を少し背けると、勤務時間が終わるのだろう、署へと戻る交番勤務の警官の姿が多い。
 狭まった視界の端に捕らえた白と黒のカラーにハッとして横を見るが、当然のように違う車である。
 自分のそんな行動に、先ほどまではイラついていた。
 今はそんなこともない。
 その代わりに妙な焦りが出る。
 電車に乗ってDの集合場所へ向かう。
 普段は誰かの車に乗せてもらうのだが、先ほどまではそんな気も起きなかったので断ったのだ。
 流れる景色を眺めるだけ眺めて、無意味に時間が過ぎるのを待ち、目的の駅の改札をくぐる。
 少し肌寒い。
「言うべきか言わぬべきか。それが問題だ」
「・・・ハムレットのもじりか?」
 驚いて顔を上げた。
 見慣れた男が目の前に立っている。その後ろには男の愛車だ。
 薄暗い中ぼんやりと白っぽく光っている。
「乗れよ」
「あ、ああ」
 久しぶりに乗った兄の車の中では酷く緊張していて、何を話したかよく覚えていない。
 兄も――涼介もそれを察してからは、黙っている。
「ありがと」
 顔を見れないまま車を降り、コテージへ向かう。
 先に来ていた数人と軽い挨拶を交わしてから小屋に入りかけ、後ろから聞こえた兄の声に足を止めた。
「こんばんは、涼介さん」
「今啓介も来たところだ」
 照れたように笑う男と、それを間近で見ている兄。
 彼は反射的に「藤原!」と叫んでいた。
 怒気を孕んだその声に目を丸くした“藤原”と、苦笑しながらコテージへ向かう兄。
 その兄とすれ違って藤原の元へ駆けつける。
 兄がいた場所に自分が立つと、藤原は唇を尖らせた。
「なんすか」
「いや、別に」
「はあ?」
 呼んだものの、用は無いのだ。
 呼んだ理由はあったが。
 所在無く煙草を探し、流れるように火を付けたものの、くわえる気分でもなかったので指で弄ぶ。
「・・・吸わないんです?」
「ん?うん、まあ」
「どうしたんスか、啓介さん。熱でもあるんじゃないスか」
 伸ばされた手を、体を仰け反らせて避ける。
 藤原は訝しげに眉をひそめて見せた。
「なあ」
「?」
 だいぶ不満そうな顔をしている男を前に、彼は考えた。
 こいつは男なのだと。
 先ほどまで悩んでいたことがまた頭をもたげた。
 それでも、もう自覚してしまったことは取り消せない。
「なぁ、お前・・・オレと付き合ってみねえ?」
 直後、兄の声がした。
 振り返り、そのまま手招きをしている兄の下へ戻る。
 今日の予定表を渡された。
「藤原は?」
「もうすぐ来るんじゃねえか?」
「何か話しでもあったのか」
「いや、まあちょっとな」
 自覚というのは本当に面倒だと、彼は悔やんだ。
 延々と同じアルバムをリピートしていたあの店に入ったのが運の尽きだったと、思うしかない。
「ま、なるようになるさ」
 とりあえず、返事を待つことにした。
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