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「クラゲはたぶん、こんな気持ちなんじゃないかなって思うんだ」
「干からびる時の気持ちか?」
「どこか心地よいこの・・・死・・・」
「生きろ」
「俺はベニクラゲになりたい」
「意味がわからん」
 夏の暑さも終わりそうなこの時期、暑さの名残を惜しむ人々が詰め掛けた市営プールの隅で、
 焼けた地面に背中をつけた親友の頬には大きな紅葉型がついている。
 見下ろしている彼にとっては見慣れた光景だ。
「そういや、お前どこ行くの?」
 どこか恍惚の表情を浮かべて倒れている親友に、彼はふと思い出したことを尋ねた。
「あー・・。俺は家の手伝いしようと思ってるけど、かーちゃんが行けって」
「行くとしても県立だろ?」
「そうだな。交通費もかからないところだろうし」
「あそこか」
「まあ・・・まだ行くと決めたわけじゃねーし」
 そうだな、と短く返事をした彼がゆっくりと片足を上げて、
「プギャッ!」
 未だに寝転んでいた親友の腹に踵を落とした。
「ところでお前また女の子に手当たり次第声かけたろ」
「う・・・ぅ・・・ひと夏・・・の・・・あばんちゅー・・・るぅ・・・」
「監視員がむっちゃこっち見てんぞオイコラ」
 ため息をつくフリをした彼は、もう一踏みしてから足を上げた。
 唇を尖らせながら立ち上がった親友は踏まれた腹をさする。
 中学生らしからぬ腹筋はうっすらと赤くなっている程度だ。
「商売道具は大事に扱えよな」
「何が商売道具だ、馬鹿天国」
 憂いの表情を浮かべるくらいの可愛らしさがあればもう少しマシな扱いをされるだろうに、と思いながら
 彼は細かな傷が無数にある親友を見る。
「いつもの時間にいつものとこか?」
「ああ」
「・・・なあ天国」
「んー?」
 並んで金網に寄りかかった。
 親友は彼から差し出されたペットボトルを受け取って口をつける。
「高校に入ったらバイトやめるんだろ?」
「さあ・・・まだ決めてねえ」
「さすがに高校は授業ふけてたら卒業できないだろ」
「そうなんだよなあ」
「いい機会だし、やめろよ」
「・・・」
「似合わねぇ女装させて待ち合わせさせるオッサンなんて男子中学生買う奴の中でも最低の部類だぞ」
「でもその分金払いいいし」
「――無理だけはすんなよ」
「ハハッ。そのためにお前がいつも迎えに来るんだろ」
「わかってるんだったらいつも無茶すんなよ」
「俺はしてねえし」
「させんなよ」
「今日言っておく」
「・・・」
 そんなつもりなんてまったくないくせに、と呟いた。
 隣の、アホ面で水着の女性たちを眺めている親友を見る。
 去年の今頃、学校の敷地を囲む金網にこうして二人で寄りかかりながら話したことを思い出す。
『お前みたいな体力だけの馬鹿が出来るバイトなんて早朝の新聞配りか変態の相手だろ』
『なるほどな』
『お前ん家夜も遅いからな、新聞配りなんて無理だぞ』
『やってみなけりゃわかんねーし』
 翌日、親友はどう見ても何度も殴られて腫れたようにしか見えない顔で、朝の待ち合わせ場所にやってきた。
 見かけによらず気の強い母ちゃんに、バイトをしたいと話して殴られたのだろうと思っていた。
 ニヤッと笑った親友が財布の中身を見せるまでは。
『やっぱおっかなくて逃げようとしたら殴られて2回くらい吐いたけど5万も稼いだぜ』
 あの時受けた衝撃に比べたら、今目の前で繰り広げられている手当たり次第のナンパなんて――
「お前のせいで俺まで追い出されただろうが!」
「俺とお前は一心同体」
「うるせえ!いい笑顔で言ってんじゃねえ!」
 つまみ出された市営プールを背に家路を辿る。
 横から当たる陽がジリジリと肌を焼いている気がした。
 ふと会話が途切れて、目が合う。
 親友は開いていた口を閉じた。
 その顔にはうっすらと自分の影がかかっていた。
 馬鹿なことを言った馬鹿な自分の影が馬鹿な親友の縁をなぞっている。
 視線を逸らしてから半端に顔を背けた親友の首筋に、自分の髪の影が映った。
 最近目立ってきた喉仏が震えて、悪ィという声が聞こえた気がした。
 口に出さないところで延々と考え込むこの馬鹿にせめて――日常を。
 自宅からはかなり遠回りになる土手沿いの道を歩いた。
 他愛のないことを話し、足に当たって転がった石が寝ていた犬の鼻に当たり追い掛け回され
 逃げている道中にいた女の子に変質者と間違われ通報されたところ本物の露出者が現れ
 二人でそのオッサンをしばいたところに先ほどの犬の尻尾を踏みやはり走らされ
 ――気づいたころには陽が沈みかけていた。
 時間がないから、と親友の荷物一式を預かった。
 タオルと水着は水分を吸って少し重い。
 自転車でくぐるくらいがやっとの高さの高架をくぐる。
 ただそれだけなのに、普段自分が暮らす町とは全く違う町になる。
 線路をくぐるためのトンネル自体あまりないし、買物も駅も学校も自分の町で済んでしまうので、
 隣町に行くこともほとんどない。
 未知の世界だ。
「じゃあ、行ってくるな」
「ああ。10時にここな」
 手を振って別れた。
 薄暗くなってきた空から微かに届く光は、長い影を作る。
 ゆっくり去っていく背中に映る自分の影が薄くなり、他の影に溶け込むようにして消えた。
 いつものように振り返らずに遠ざかる背中を見送る。
 4時間後、またここで立っている自分の背中がおぼろげに見えて、小さく笑った。
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