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「早いな」
「あ?」
「まだ9時だぞ」
「あ、あぁ今日は別に走りに行ってたわけじゃねえから…まぁ少し走って来たけど」
「ふうん」
「オレもう寝るわ。おやすみ」
「ああ。おやすみ」
 
パタン。
小さな音を立てて扉は閉まった。
その扉の前を通り過ぎようとして、涼介は知らない石鹸の香りに足を止めかける。
が、すぐに足を動かし、何事もなく通り過ぎた。
たった数センチの壁の向こうから息を殺す気配が伝わってくる。
それでも普段通り、風呂場へと向かった。
今頃弟は一息ついているに違いない。
もしかしたら何故隠したのかと自問自答しているかもしれない。
問題はその弟よりも。
 
(藤原はともかく…アイツを出し抜くのは相手が相手だけに先が読めないな)
 
風呂場のドアを開ける。
全身くまなく洗い上げてから、彼は湯に沈んだ。
今週末のことに意識を傾けようとするのだが、どうもうまくいかない。
集中力が途切れることなんて今までなかったはずだと不思議に思う。
が、考えてみると数日前にも集中出来なかった時があったことを思い出す。
 
「なるほど、藤原のせいか…」
 
そんなにも大事なのだろうかと自問して、大事なのだろうと自答すると、不思議なことに先程までの雑念が消え去った。
その代わりに言いようの無い虚脱感と、まだケリを付けていない気持ちが頭をもたげる。
 
「認めるというのは疲れることだな…」
 
襲ってきた睡魔を振り払い体を起こす。
髪を乾かすのもそこそこにして部屋へ戻る途中、弟の部屋からまだ起きている気配がしたので、足を止めてノックをする。
 
「風呂、空いたぞ」
「お、おう」
 
焦ったような返事が来てから、もう一言付け足す。
 
「今はお前に預ける。でもそのうち俺が-奪うからな」
「!?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
慌てて部屋を走って、扉を開けた。
同時に隣の扉が閉まる。
閉まった扉を見て、啓介は口元を引き締めた。
部屋に引っ込み自室の扉を閉めて、ぽつりと呟く。
 
「藤原は俺のもんだ」
 
今日、ついに身体も知った。
深くつながった。
その時の表情は自分しか知らないのだと思うと、高揚してくる。
掴んで上げた足の感触が手に蘇る。
絡ませてきた腕の温かさを背中が覚えている。
張り詰めた自身がデニムの中で窮屈さを訴えたのに気付き、啓介は舌打ちをした。
デニムを脱ぎ捨て下着姿になってからベッドへと潜り込む。
生々しい夢を見そうだ-そう思いながら目を閉じた。
 
翌日の朝から洗濯機を回すことになるとは、啓介自身も考えていなかった。
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