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「いつからだったか覚えてる?」
 ベッドに横たわった品の良い老婦人は、枕元に腰掛ける最愛の夫に問いかけた。夫はその問いに首を傾げ、しばらくしてから小さく首を振った。
「あなたが三十歳を少し過ぎてからだったわ」
「そうか?」
「だから、あの人の呪いなのでしょうね」
 老婦人は窓に目を向けた。そこから見える景色のなかで唯一異色のものは、今日もそこに鎮座している。それはあれがあそこに出来てからずっと続く光景だ。
「カーロッタのか?ハガー村の時のことか?」
 そう言った夫に視線を戻して、老婦人は微笑んで、違うわ、と呟いた。
「その力を持つが故の、よ」
「…」
 夫はしばらく考えて、そしていつの間にか詰めていた息を吐いた。皺が増え細くなった手を伸ばし、老婦人の――愛する妻の頬にかかった美しい白銀の髪をそっと撫でる。妻は嬉しそうに目を閉じた。
「ねえ、あなた」
「ん?」
「次の孫の名前、あれで良かったかしら?」
「いいんじゃねえか?俺は良いと思うけどな」
「そう?じゃあ今の食堂のメニューはどうかしら。ちょっと煮物に偏りすぎだと思うの」
「時期的に仕方ないんじゃねえか?今度マキんとこの畑で作る改良野菜が成功したら考えようぜ」
「そうね。今日は雨が降るけど、お洗濯ものはどうかしら」
「さっきラッツたちが干してたから不安だな」
「エッジにも伝えておいてね」
「ああ、そうしよう」
「あとね」
「ああ」
「レキは元気?」
「いつも通りだ」
「私ね、レキと約束をしたの」
「へえ?いつもの秘密のか?」
「そうよ。あなたには秘密」
「ふん」
「ねえ、戻ってくれる?」
「何処に?」
「体をよ」
「ああ、わかった」
 答えた夫が、少しの集中の後長い詩を歌う。その唇の輪郭からぼやけていく夫を、妻はじっと見ていた。再び輪郭を取り戻した夫を見て妻は目を細め、嬉しそうにまた微笑んだ。
「若いわねえ」
「本当に三十過ぎの頃かあ?これ」
「そうよお。あたしばかり皺が増えるのは悔しかったから、あなたのこともよく見てたんだもの。間違いないわ」
「お前、皺なんか気にしてたのか」
「当たり前でしょう、女の子なんだから」
「ずいぶんじゃじゃう…お転婆な女の子だったから、てっきりそういうこたぁ気にしないんだと思ってたよ」
「ふふ」
 夫の張りのある手に自分の皺ばかりの手を重ねてから、彼女はふと表情を曇らせた。
「あの子達は上手に騙せているかしら?」
「まあ、あいつらアホだから平気だろ」
「またそんなこと言って。もうこどもじゃないんですからね」
「そうは言ってもなぁ。ラッツなんか昨日またスッ転んでたし、エッジは本気で技を教えようとしてこどもを泣かせてたし、ラチェは相変わらず辛辣に二人を見てたぞ」
「まあ、それはそれ、これはこれよ」
「ちと意味がわからんが、大人の分別って意味ならまあ…昔よりはあるんじゃねえか?」
「それ、ばれてるけど知らないふりしてもらってるって意味に聞こえるわよ」
「言い方が悪かった。誰にも気づかれてない。お前だけだ。あ、あとレキ」
 両手をあげて降参した夫である青年を見て、彼女は満足そうに頷いた。それを見た青年は表情を和らげる。
「ねえ、あなた」
「うん?」
「旅をするときは出会った頃の姿がいいわ」
「は?」
「でもね、マジクが心配だわ。エドも…いろいろ心配だから、旅に出る前に私の心配事を見ておいてね」
「旅はともかくとして、それ以前に、俺にすげえ長生きしろって言ってるように聞こえるが」
「そうよ?」
「俺はお前より歳上で男だぞ」
「知ってるわよ?」
「普通ならお前より」
 言葉に詰まった夫に、彼女は「お前より?」と聞き返した。それはひどく残酷なことだと彼女は知っていたが、それでも顔を背けた夫の目を見て言った。
「先に…死ぬのが普通だろ」
「ずっと普通なんて言われなかった人が何言ってるの?いまさら」
 そんな返事は予想していなかったのだろう。キョトンとした顔を向けられて、彼女は声をあげて笑った。苦々しげに青年はまた顔を背けた。
「ねえ、プレゼントがあるのよ。私が死んだら」
「死ぬとか言うな」
「――私が死んだら、私の心配事を全部見て欲しいんだけど、きっと時間がかかると思うから、時期を見てあのタンスの一番下に入っている服を着て行ってね」
「…?どういう意味だ?」
「そうね。見ればわかるわ。ちゃんとサイズがあってるか心配…着てみてくれる?記憶を頼りに作ったからあまり自信がないの」
「今か」
「今よ。だって着てるところ見たいんだもの」
「なんだよ…」
 ベッドから腰をあげて、小さな部屋に似つかわしいこじんまりしたタンスの一番下の引き出しを開ける。懐かしいのに新しい見慣れた服一式を見て、彼は口を閉ざした。着ている服を脱いで手早く着込み振り返ると、彼女は気難しい顔をしている。
「袖、ちょっと短かった?」
「いや、こんなもんだろ」
「でも何か違うのよねえ。あ、歳?」
「二十歳も三十路も変わらねえだろ」
「何言ってるの全然違うわよ。私、もうおばさんなんだからって言われたこと忘れてないわよ」
「…忘れとけ」
 用意された服を着て、同時に反射的に胸元へ手を伸ばす。無論何もない。
「いる?」
「いや――いや、どうかな」
 曖昧に答え青年は首を傾げた。彼女は気にした様子もない。
「あなたの旅にはね、レキをお供につけてね」
「だから旅なんてしないって言ってるだろ」
「するわ。だって私のゆい」
「遺言とか言うな!」
 声を高くした青年が乱暴に服を脱いだ。青年の妻が作った服はまた元の場所へ元通りに収められた。
 振り返って仏頂面で妻を睨む夫は、彼女より少し歳上の姿形になっている。これでいいのだと全身で訴える夫を見ながら彼女は体を起こそうとした。気付いた夫は無言で歩み寄りその手助けをする。
 ベッドとの間に積まれたクッションにもたれ掛かった彼女は、青い目で夫を見据え、今までよりもはっきりした声で夫の名を呼んだ。
 震えた夫の肩。見開いた黒い目。白髪が半分以上の髪。それを焼き付けるように、微動だにしない青い目。彼女は自分の唇を撫でた。
 久しぶりに呼んだ夫の名は唇をむず痒くさせた。
「ね」
 彼女の横に腰掛ける夫が、拳を握った。長く連れ添ってきたが、夫の泣いた顔など片手で数えるほども見ていない。ましてやこれ程までに、声を圧し殺せず嗚咽さえ今にも聞こえて来そうな表情は、初めてだ。
 
 
 
「こんなに長く一緒にいたのに初めて見る顔があるなんて嬉しい」
「てことは、まだまだ見たことがないものもいっぱいあるんでしょうね」
「私の知りたいことは山ほどあるわ、覚悟してね」
「どうせなら、年に一度くらい私のお墓に報告しに来てもらおうかしら?」
「駄目ね、私は聞けないもの」
「旅に出るのはマジクとエドをちゃんと見てからにしてね」
「その後は、まあ、タイミングよね。好きな時に出ればいいと思うの」
「あ、でも出るなら晴れの日の昼過ぎがいいわ。みんながお昼ご飯を食べ終わって、午後の仕事をする頃かなってくらい」
「そういえばあなたのお友達は元気?ほら、海老がどうとか昔言ってたじゃない?」
「それにしてもさっきのあなた、本当に懐かしかったわ」
「でもバンダナはもう流行らないからやめた方がいいわね」
「……」
「オーフェン、ねえ」
「……」
「…ねえ、泣かないで」
 細い細い腕が彼の体を抱き締めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 魔王が彼女の話をするのは、必ず陽があるうちだった。彼女の目を思い出すのか、私にもたれ掛かり空を見ながら呟くように話す。ほぼ独り言のようで、私はたまに相槌を打つ。
 今日も美しい青空が広がっている。彼女の話をするのだろうか。
「なあ、レキ」
 呼ばれて私は頭を上げた。
 彼はずっと着続けている服のポケットから何かを取り出し、私に見せた。赤色の布だった。
「バンダナ、もう流行らないと思うか?」
 私は考える。旅を始めてからつけている人間に出会った記憶がない。タオルを頭に巻いている農作業中の人間なら見たが。
「…だよな」
 彼は渋々とバンダナを折り畳み、丁寧にポケットにしまい、少し拗ねたような表情で、つまりいつも通りの顔で立ち上がった。私も立ち上がり、体を小さくする。私の腹は彼のベッドなのだ。
「なあレキ、賭けをしないか」
 今日はどんな?
「次に出会うのがどんなやつか」
 いいだろう。
「俺はな…助けてくれとか開口一番に言わないでシャワーの出る宿屋に笑顔で案内してくれて颯爽と去るやつに賭ける」
 では私は助けを求めて来た上に金の持ち合わせがない人間にしよう。
「よし。二人とも外れたらいつも通り何もなしで」
 わかった。私は頷いた。
 そして私と彼は歩いた。断崖に作られた馬車が走れるほどの道は人影がなく、後もう一時間も歩けば先程見た看板の村に着く。そんな時にようやく人を見つけた。
 馬に引かせた荷車の車輪の片方が割れている。間違いない、私の勝ちだ。
「いやまだわからないぞ、あのおっさんが俺たちに助けを求めてくるとは限らない」
 往生際が悪いぞ、魔王。
「いや賭けの内容を考えるとだな」
「…あの」
「助けてくれとか言わないでシャワーの出る宿屋に案内してくれるなら力になれると思うんだよ俺は」
「…えっと」
「いいか、開口一番。それが勝負だ」
「…」
 黒い犬に話しかけているおかしな青年に声をかけるべきか悩んでいると言った表情の口髭の男は、私たちの後ろに広がる長い長い道に誰もいないことを何度も確認し、自分の目の前で立ち止まってからは無言で見つめてくる青年を見返した。やがて、いかれているかもしれない青年より馬車の方が重要だと判断したのだろう、ゆっくりと口を開いた。
「えっと、この先の宿屋は私の弟の嫁の実家なので、いろいろとサービス出来るんじゃないかと」
「俺の勝ちだ」
「思うので出来れば助けてください」
 私の勝ちだ。
「いや今のは俺だろ」
 いや、彼は助けを求めた。それも最初の一文でだ。
「いやでも開口一番っていうのは真っ先に助けてくれとか言うことだろ?」
「あ、やっぱりいいです」
「協力するから宿に案内してくださいお願いします」
 頭がいかれた男としか思われていなかったのだろう。魔王が馬車の車輪を直すと男は手のひらを返し、私たちを歓待した。
 迎え入れられた村で盛大なもてなしを受け、一番良い部屋に案内される。明日の朝になったら身ぐるみはがされて外で目覚めるのではないかと疑いだした魔王は深夜を過ぎて誰も忍び込んでこないことを確認してから目を閉じたようだった。
 翌朝、昼近くなってから目覚めた魔王と連れ立って宿を出る。昼食にと握り飯や、私のためだろう骨がついた肉などを渡された魔王は、昨日助けた男がこの町の地主の兄だと言うことを知る。
「風呂に飯に。だいぶもうけたな」
 熱い湯に入った時の魔王はそれはそれは嬉しそうだった。庭の池のような広い風呂には他に誰もいなかったので、私も入ったのだが。熱さなぞ気にしたことはない。
 たまには湯に入りベッドに横たわりたいものか、人間は。
「風呂は格別だよな。沸かすの面倒だし、野宿じゃまず入れねえし。ベッドはそりゃあ地べたに寝そべるよかいいよな。でも俺にはレキがいるし」
 私は顔をあげて隣を歩く魔王を見上げた。
 魔王は道の先の看板を睨んでいる。
 私は今の言葉を彼女に聞かせたいと思った。失うことに気づく旅は無駄ではなかったと。彼女の死をきっかけに取り戻し始めた失うことの意味を、彼女が去って千を数えた今はしっかりと認識しているのだと。
 ――例えそれが己の寝床であったとしても。
「今日からまたよろしくな、レキ」
 魔王は私の背を撫でてそう言った。私はその黒い目を見返して頷いた。
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