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考えてみりゃあ、今まで何度も覚悟ってやつをしてきた。
塔を飛び出るにも覚悟が必要だったし、頑丈だって言われる地人に初めて魔術を打ち込む時でさえ万が一を考えたりしたし。
なのにそれこそ覚悟が必要だと言われるようなことはいつも突然やってきて、する間もねぇ。
なのにそれこそ覚悟が必要だと言われるようなことはいつも突然やってきて、する間もねぇ。
だからって今日もしてなかったってわけじゃない。今日はしてたんだ。ただ期待のほうが大きかったんだ。
まあつまり、覚悟ってのは用意した時に限って空振るんだよな。
例えばあれだ。
もう会わないだろうなって思って別れたやつが、船の甲板に降って来るとか。
同じくそう思ってた奴が数年後にひょっこりと現れるとか。しかも魔術を使えないっていうオマケ付きで。
同じくそう思ってた奴が数年後にひょっこりと現れるとか。しかも魔術を使えないっていうオマケ付きで。
それが良いとか悪いとかじゃなくてだな。ただ俺の予想ってやつがことごとく外れてるってことが、ちょっとな。
そういやあ俺の予想を裏切ってくれるのは大抵女だ。姉とか、連れとか、知り合い、顔見知り。
女心ってやつのせいなのか?確かにもう長いこと会っていない友人に比べたら俺は女との付き合い方を知らない方だったろうけれど。
「なんでだろう」
思わず声に出してしまってから、急に不安になって周囲を見渡した。誰もいない。安心して前を向いた、そんな時に限ってどこからともなく現れるような男ももういない。
安心と、少しの寂しさと、寂しさを覚えてしまったことに一抹の不安を感じながら前に向き直る。
先程までと同じ湖面だ。同じ場所に月が浮かんでいる。時たま跳ねる魚と、風で揺らされること以外に月が震えることはない。
月がゆっくりと場所を変える以外に目立った変化もない。きっとこれからの自分の人生にも、もう大きな転機はないだろう。
このまま時が過ぎて、背後にそびえる厳かな生き物のようでいて生きてはいない、死にきれなかった何かを残したまま老いる。それでいい。
密かに持ったささやかな夢がまだ破れていない、それだけで十分だ。
ささやかでいて、この世界で叶えるにはかなりの運と実力が必要となる高望みな夢だ。
この地にやってきて、目的や目標ばかりを追いかけて、それが終わり夢を持つようになって、それからは変わっていない、本当にささやかな夢だ。
ぼうっと水面を眺める。夜風は涼しい。そろそろ帰るかと思い始めたところで、ふと、無意識下に何かが触れた。 エドだ。
(まだ起きていたのか)
(お前こそ)
(さっき呼んだろう)
(呼んではいない)
( 災難だったな)
何を、と聞くのは馬鹿だと思った。伝わったということは伝えたということでもあるのだから。 それを意図して伝えようと思ったわけではないとしても。
誰かに伝えるために発した言葉がどれだけあったろう。そして思いが届いたことはどの程度あったろう。
もはや意味が通じない言葉の羅列が一番の力を持つなんて、なんの因果なのか。
(現実逃避か?)
曖昧でいてハッキリとした言葉が聞こえた。受け流すにはあまりにも心の傷が大きくて、そろそろ帰ろうと浮かしていた腰をそのまま降ろした。
地面はさっき座っていたときより少し冷たく感じる。またしばらくすればまだ熱が移るだろうから、少しの我慢だ。
徐々に、徐々に慣れていくのだ。
(うちに来るか?)
( なんでだ?)
(お前のだろう)
腰を上げた。少し尻が痺れていたが叩いて散らす。月が映る湖面に背を向けて足早に 空間転移をしてしまいたくなる心を抑えて エドの家へ向かう。
その途中ふと、足を止めた。もしかしたらここまでが計画のひとつかもしれない。
ラチェのことだ。ここまで考えていた可能性はある。
(なあそれ、なんでお前が持ってるんだ?)
(お前のところの娘が)
(待て。おい、お前あいつらと何を計画してやがる?)
(?)
(正直に言え)
(お前の娘の計画は知らないが…いや)
(?)
珍しく躊躇いの気配が伝わった。よくわからない言葉が小さく飛び散ってくる。
少しして、俺がエドの家の玄関前に着いた頃、玄関のドアが開いた。エドはやはり少しだけ眉根を寄せている。
「日頃の礼だと言っていた」
「 は?」
なんとなく辻褄を合わせようとしたが、それでは若干娘に売られたような話になる。まさか娘が父親を売ることはない、と思いたい。
が、現にラチェに奪われた、あの家では誰かに奪われるかもしれないと覚悟していたもののやはりショックが大きかった、その物がここにあるという。
「お前は、あー…えっと」
「冷えるからドアを閉めたいのだが」
「あ、うん。マキは?」
「お前の娘がアレを置いていったついでに連れて行った。キャンプをするらしい」
玄関に入るために伸ばしていた足を止めた。横に立つ、ドアを持つ長髪の男を見る。特に表情は浮かんでいなかった。
足元を見る。薄暗くてよく見えないが、左足はまだ外、振り上げた右足は下ろせば玄関 この家に入ることになる。
「どうした?」
「 いや、なんか…なんだろう、俺の覚悟ってやっぱり空回りするんだよ」
「そうか」
エドが玄関のドアを閉めようと体を寄せてくる。押されて、右足はとうとう玄関を踏んだ。ドアを締めた男の気配が、後ろから動かない。
薄暗い家の奥にぽつんと見える明かりは、エドが先ほどまで腰掛けていた居間だろうか。
「耳が赤い」
「ぶゎっ、馬鹿野郎!こんな暗いのにわかるわけないだろ!」
勢い良く振り向いた先で、エドがこくんと頷いた。
「自覚しているなら、やはり赤い」
頭を抱えてしゃがみ込みたい気持ちをなんとか抑える。
あの明るい部屋へ行けばきっとラチェに奪われた物があるはずだ。とっくにゴミになっていると思っていたものが、まだ無事にあそこにあるのだと思えば。
「…食うぞ」
「ああ」
ズカズカと上がり込んだ人の家の、テーブルに置かれた桃缶5つ。目を離した数分の間に全て無くなった、俺の大事な宝物。
4つをそっと脇に寄せて、1つを開け幸せなひとときを過ごす。ひとつきに一度と決めた大切な時間だ。
たとえ後ろから静かな威圧が漂って来ていたとしても。
「うまいのか?」
「うまい」
「…そんなちびちびと食べるものなのか?」
「簡単に手に入らねえんだから味わって食うんだよ」
「…そうか」
夜更けに人の家で桃を食う。それはすごく非常識で迷惑なことだろう。
だがこれから俺も食われるのだと思えば ゆっくり時間を掛けて食ったって怒られやしないはずだ。
だからゆっくりと と、ふと思う。小指の爪の先くらい残っている桃を眺めながら。
「なあ、これを届けにラチェが来たのっていつだ?」
「昼だな」
「俺のだってわかってたよな?」
「そうだな」
「なんで俺に連絡して来なかったんだ?」
「…」
「…」
エドを見つめた。エドも俺を見ていた。桃に視線を戻し、残りの一欠片を口に放り込む。
ゆっくりゆっくり噛んでから嚥下した。ちびちびとシロップをなめる。
後ろで動く気配がした。キッチンへ行き戻ってきたエドの手にアルミの丈夫な蓋がついた瓶が握られている。
「炭酸だ。割るか?」
「おう」
ぶしゅ、という音がして蓋が開いた。零さないように缶の半分ほど注ぐ。蓋を閉じてエドに渡すと、またキッチンへ置きに行った。珍しくマメだ。いや、マキにそう躾けられたのか。
ちびちびと飲んでいると、いつの間にかまた横の壁にエドが立っていた。
たっぷり時間を掛けてから飲み干して、席を立つ。4つの桃缶を手にとって。
「ごっそーさん」
「…帰るのか」
「お前も計画に加担したようなもんだろ」
「ああ」
「じゃあ礼はいらないだろ」
「祝いは?」
「は?」
「お前が」
「?」
珍しく言葉を区切るエドが、俺の手から桃缶を取ってテーブルに置いた。
黄桃が2つ、白桃が2つ。ちなみに今食べたのは黄桃だ。
「お前が俺の家に入った時に日付が変わって、俺の誕生した日になった」
「…」
「お前の娘の計画は昨日の話だろう」
「 今日か」
「今日だ」
舌打ちをしたくなる。
恐らく半眼で、睨めあげるように、エドを見たと思う。
それだけなのにエドがふと笑った気配がした。
「一応聞くが、お前が欲しい誕生祝いは」
「お前だ」
しばらく睨み合う。が、そんな努力をしても無駄だろうと悟り息を吐いた。
(俺最近甘くなったよなぁ。歳かな…)
覚悟、をまたする時だろうか。久しぶりに無駄にならない気はする。あまりしたくもない覚悟だが。
魔術ではない小さな油瓶に灯る火がエドを照らす。いい歳になった男は自分と同じように皺が増え、もしかしたら白髪もあるかもしれない。ただ昔よりは格段に人間的だ。
エドが動き、火が消された。居間が暗くなる。夜目に、手が差し出されるのが見えた。
「まあ、今日だけだしな」
「ああ、そうだな」
素直にその手を取って、俺たちは居間を後にした。
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