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夜中にふと目覚めた時、腕がハンドルを回していた。
うろ覚えだが、初めてのバトルを鮮明に思い出していた・・・気がする。
喉の渇きを覚え体を起こした時には、既に夢を見ていたことも忘れた。
寝ている父親を起こさないように、静かに階段を下りる。
冷蔵庫から紙パックの牛乳を取り出して、コップを探すのも面倒だったのでそのまま飲んだ。
どうせ飲み干すしいいだろうと思ったのだが、飲みきらなかった。
冷蔵庫に戻して、再びそっと階段を登る。
 
後ろ手で襖を閉める。
布団を前にして畳に腰を下ろすと、先ほどまで忘れていたくせに思い出したら頭を離れないコトが、頭の中を占めている。
真面目な話をするとき、普段は面と向かって言って来る上にこちらが視線を投げれば見返してくる男が、
珍しく遠くを見たまま、火をつけた煙草を一度もくわえずに言った台詞はことのほか自分に衝撃を与えていたらしい。
 
『なぁ、お前・・・オレと付き合ってみねえ?』
 
彼の言葉を待たずして、男はその兄に呼ばれて姿を消した。
お陰ですっかり忘れていたその台詞は、先ほどの父親との会話で思い出した。
思い出してしまった。
 
(付き合うとか、よくわかんねーし。てか、男と・・・だよな?そういう意味でだよな?)
 
ぼーっとした頭で何となく男と付き合うことに関して考えてみるが、さっぱり想像が出来ない。
とりあえず嫌悪感は抱かないが、それが普通なのか、それとも想像力が足りていないせいなのかもわからない。
生あくびを噛み殺して、布団へもぐりこんだ。
好きという感情は知っている。
知っているので、自分が男に抱く感情が「好き」という感情とは違うというのもわかっている。
好意、ではある。
でもキスをしたいと思ったことはない。
裸を見せられたらどう思うだろうか。
想像する。
何やらよくわからないが何かが生々しく思えて、頭を振った。
小さく息を吐いて、布団へもぐりこむ。
目を閉じればたちまち睡魔が襲ってくるが、意識を失うまではずっとこのことを考えているのだろうなと、直感する。
 
(なんでオレがこんな目に・・・)
 
そう思いながら、再び眠りについた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
階段のきしむ音で起きた壮年の男は、時間を確かめた。
ちょうど起きる時間であった。
手早く身支度を整え調理場に降り立つ。
釜の蓋を持ち上げて、昨日から水に浸していた大豆の塩梅を確認する。
よし、と呟き、仕事を始めてから3時間後、新聞が投函される音がした。
ちょうど空いた手で新聞を取り出し、調理場の奥の居間へと移る。
今朝の一面は本州に紅葉が下りてきたことだった。
 
「平和だねぇ」
「・・・よぉ」
「なんだ、もう起きたのか」
「おー」
「寝るなよ」
 
男はいつの間にか階段を下りてきた息子にそう告げると、店先のドアを開け広げた。
車のキーをポケットから取り出し、横に止めたインプレッサのバックドアを開ける。
配達分の豆腐を積み込み終える頃、男の息子は相変わらずぼーっとした顔で、けれども身支度だけは整えて店先へ出てきた。
 
「ほれ、今日の分」
「ん」
 
水の入った紙コップを受け取った男の息子は、エンジンをかける前に何かを思い出したように父に言った。
 
「オヤジ、オレもしかしたら変かも」
「安心しろ。お前はいつも変だ」
「・・・そっか」
 
眠そうな顔をしたまま、男の息子はエンジンをかけて滑らかに走り出した。
男は顔を掻きながらそれを見送って家に戻り、寝なおすために前掛けを外して居間へ上った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ねみー」
 
慣れた道で慣れた運転。
相変わらずの朝だった。
欠伸で閉じようとする目を必死に開いているとき、視界の右端に黄色い車が飛び込んできた。
FDの黄色なんてものに乗っているのは1人しか知らないし、今までその人以外で見たことがない。
 
(そういえば松本さんがまたフロントを変えるとか言ってたな・・・)
 
ぼんやりと通過する。
時間にしてみれば2秒にも満たなかった。
 
(帰るときにもまだいたらちょっと見てみよう・・・。そういやなんでここにいるんだろ)
 
俄然、興味が沸いてくる。
さっさと豆腐を届けて戻ろう。そう心に決めて、彼は一度深呼吸をした。
 
 
 
 
 
しかし何を話すか決めていたわけではない。
帰りにもやはりいたので、車をFDの正面に止めて運転席を覗き込んでから、焦りが生まれた。
中の人物が突然目を開けて飛び出て来たので、余計に。
とりあえず思っていたことを口に出してさっさと車に乗り込み帰って来たのだが、
 
(あれ・・・オレ今なんて言ってた?なんて・・・あれ?)
 
彼はしばらく何と言ったかを思い出すために考えあぐねていたが、数分後には出社する時間が迫っていることに気づき、慌てて身支度を整えた。
そして夜中に電話を受けるまで、そのことはすっかり忘れていたのである。
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