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「自分の力量に合わせたところで跳べっつってもよ」
「僕はこの辺からかな」
「おいおいマジか!ベースまでまだまだあんぞここ!」
 誇らしげに小さな胸を張った兎丸くんに、猿野くんが弟子入りしようと土下座を始めた頃、すぐ近くでえげつない音が聞こえたっす。
 豪速球ならでわの音が響いて、さすがの猿野くんも小難しげな表情をしーたと思ったらスクワットを始めたっす。
 立ち上がるタイミングでジャンプしてそのまま1メートル先に着地。
 どうみても走ったほうが早いっす。
「兄ちゃん・・・向いてないよスライディングとかは」
「うん俺も今何となくそう思った」
「兄ちゃんはやっぱりホームランして走り抜けるのがいいんじゃない?」
「ハッハッ俺ほどの大スラッガーにスライディングは似合わないと言うことだな!」
「兎丸くんに猿野くん。ホームのそばで雑談は気が散るのでやめてください。大体猿野くんにスライディングなんて教えても塁に出なければ仕方ないものでしょう」
「まーそうだけどさー」
 じゃあ三塁で、と移動する二人の姿がボクから離れていくっす。
 どの辺りからスライディングすればいいのか、走りながら兎丸くんに聞いている猿野くんの姿が不意に見えなくなって、ボクは顔をあげたっす。
「ボール磨き、いいかな」
「あっキャプテン!もちろんっす!」
 楽しそうなキャプテンと並んでボールを磨くっす。
 愛おしそうにボールを見ていたキャプテンの視線がふと三塁に向けられて、ボクは無駄に緊張したっす。
「彼は何をしているのかな」
「なんかスライディングするときのタイミングがどうのって言ってたっす」
「・・・彼ならホームランのほうが向いてるのにね」
「そうっすね」
 恐ろしくきれいに磨かれたボールが、空を飛んでいったっす。
 危なっかしい手つきでそのボールをキャッチした猿野くんが満面の笑みでボールを握った手をこちらに向けて、
「もうこんなの楽勝で取れますよ先輩!」
「特訓のかいがあったね」
 なにせ地獄のような特訓でしたからねと、微妙な表情を浮かべた猿野くんと、爽やかなキャプテンの笑顔が対象的でボクは苦笑いしかできなかったっす。
「猿野くん。またうちに遊びにおいでよ」
「いーーーいやぁあああちょっと大きすぎる家をみるとアレルギーが」
「オフの日に体を休めにさ。バスルームもだけど、シェフのランチも是非食べてもらいたいんだ」
「なんですと!?」
「ボクも行きたい!」
「うん。みんなでおいで。歓迎するよ」
 手をあげてぴょんぴょんと跳ねる兎丸くんがちゃっかり約束を取り付けてるっす。
 猿野くんも行くつもりらしくて、飯飯飯飯という言葉が呪いのように聞こえ・・・事実人でも呪いそうな顔をしてたっす。
「子津くんも来るよね」
「えっ」
「みんなでおいでよ。楽しみにしているよ」
 キラッとキャプテンの笑顔が光ったように見えたっす。
 僕も正直あのお宅に“普通に”伺えるなら行って見たいようなやっぱり恐ろしいような・・・
「み、みんなが行くなら一緒に行きたいっす」
「嬉しいよ。明日にでもどうだい?予定が無ければ是―」
 キャプテンの言葉が止まったと同時に影が出来て―コンマ数秒後に猿野くんが降って来たっす。
 僕とキャプテンをクッションに着地というか、ダイブした猿野くんはすぐに起き上がれないらしく、若干白目で小さく痙攣してるっす。
「あ、あの」
 なんとか首を回して降って来た方向を見てみると、三象先輩と蒼白な顔をした兎丸くんがこっちを見てたっす。
「あ、あの、兄ちゃんが僕がジャンプしてダイブする感じを知りたいっていうから、あの・・・」
 察したっす。
 キャプテンと二人がかりで猿野くんを横に転がせて起き上がったっす。
 三象先輩の怪力は猿野くんとどっちが上なのだろうと、ふと思ったりしてしまったっす。
「大丈夫かい?」
 ペチペチと頬を叩く音がするっす。
 そのまま寝かせておいてあげたほうがいいんじゃないかとも思うっすけど・・・。
「あの一瞬でお袋に会ったわ・・・。幽体離脱して意識だけ飛んでってたわ・・・」
「戻ってきてくれてよかったよ」
 大量のボールが入ったカゴを持ち上げたキャプテンが、それじゃあ明日ねと言いながら部室へ戻って行ったっす。
 楽しみは楽しみっすけど・・・去り際に言ってた“部員全員で来てね”という言葉が不吉すぎるっす。
 どうもおいしいランチを胃袋から出すハメになるんじゃないかという僕の想像は――





 残念なことに綺麗に的中してしまったっす。
 
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