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「うひょーーーー!」
「SUGEEEEEEEEEEEEEEEEEE!」
 飛び込み台があれば変な落ち方を競ったりするのが男子ってやつだ。
 チャンスは一人一回、順番に飛び込んで速やかに移動すること。
 最終的に出禁を食らうことがわかっていてもやらずにはいられない。
 すぐ横の見張り台から怒鳴りつつ降りてくるプールガードを見た幼馴染の焦った顔はそのまま水に激突した。
 
 
 
「兎丸のジャンプすごかったZe」
「さすがとしか言えませんね」
「へっへーん」
「それに比べてこのアホ猿」
「まだ気を失ってるのだ?」
 俺の背中に押し付けられた天国を、野球部員たちが覗き込んでいる。
 飛び込み台の上で足を滑らせて頭から落下して気絶・・・は最後のこと。
 プールサイドでお姉ちゃんのおっぱいをガン見していたら椅子に躓いて顔から地面。
 見ず知らずのお姉ちゃんが放ったビーチボールが後頭部。
 ガキんちょが突然足をすくい上げてプールへ落下。
 まあ、なんというか、自業自得ではない不運に襲われる珍しい日だった。
「こいつの家知ってるのか」
「ああ、大丈夫だ」
「じゃあ僕が荷物を持ってくよ」
「俺が持っていく」
「ここは先輩に任せるのだ」
「・・・えっと」
 薄々、気がついてはいた。
 野球部の面々が天国のバカさ加減に慣れてきて少し可愛がられているということに。
 部活がないテスト期間中にもわざわざクラスまでやってくるし、この意識が飛んだ筋肉だるまを背負うにあたっても一悶着あったくらいだ。
 とりあえず俺は自分の限界も感じたことだし、背中の天国を揺すって起こすことにした矢先に、背中から声がした。
 天国がもぞもぞしだした途端に周囲が静かになる。
「んー」
「おい、天国。起きろよ、重い」
「んー?あー?おー」
 こりゃあまだ半分くらい寝ているようだ。
 でも片手を外すとその足はしっかりと地面に立った。
「離すぞ?」
「おー」
 両足が地面について、俺もようやく肩を動かせる。
 さすがに天国と違って鍛えてないからつらかった。
「おいこら、寄り掛かるな」
 俺の背中に寄りかかったまま寝そうな気配を察した。
 頼む、起きてくれ。
 周囲から突き刺さる視線とお前を運んでいた疲れで俺のHPと心の残量が0に近づいていく。
 やめろ抱きつくな。
 やめろおおおおお!
 
 
 
 
 
「あり?」
「・・・よう」
「学校行く途中の・・・公園?」
「そう、公園」
「なんで俺寝てんの」
「プールで頭打って」
「お前はなんでいんの」
「お前が俺に抱きついて離れなかったから仕方なく」
「おっとそれは悪ィ。てかなんでここ」
「今日プールに行ったことは覚えてるか」
「おう」
「俺の腕を見ろ」
「生まれたての子鹿ちゃんかってくらい震えてるな」
「お前が重かったせいだ」
「いやーご迷惑を」
 ようやく膝も開放されて、俺は立ち上がった。
 今度はケツが痛い。
 振り返ると同じように大きく伸びをしている天国が目に入る。
 鞄を手渡しながら、
「教えないほうがよかったんだろ、家」
「ああ」
「んじゃ、今度なんかおごれよ」
 今度と言わず今寄ってけよ、と言われて揃って歩き出した。
 新発売のアイスを入荷したと聞いてたまらなくなる。
「期間限定の夏みかん味だぜ」
「うまそう」
 ほんの数分歩いた先、一昨日も訪れた酒屋のガラス戸を開けると、レジにいた天国の母ちゃんが立ち上がった。
「ただいまー」
「おかえりバカ息子と健吾くん」
「こんばんはっス」
 入ってすぐ右に置かれたクーラーボックスに、新商品という蛍光色のポップが貼られていた。
 なかなか前衛的な絵が添えられている。
 事情を聞いた天国の母ちゃんが、俺と天国にホイと新商品のオレンジ色したアイスを手渡してくれた。
 外に出てから開けると、夏みかんの匂いがスッと鼻に入ってきた。
 その酸味のせいでよだれがこぼれそうになる。
 横を見ると口の端からよだれを垂らしながら既にアイスにしゃぶりついていた。
「あ、実も入ってんじゃん」
「マジだ」
 シャーベット状になった果肉を噛むと、酸っぱさに口の中が唾液でいっぱいになった。
「すっぱ!甘いけどすっぱ!」
「たまんねえな!」
 すごい速さで天国が食べ終わったとき、俺はようやく残り半分を切るところだった。
 目が合うとニヤッと笑い、カパッと口が開けられた。
 仕方がないので今口の中に入れた果肉をその口の中に突っ込む。
 天国はさっきより倍の時間をかけて噛んでから、飲み込んだ。
 その間に俺も全部食べ終わる。
「今日泊まってかねーの?」
「どうせお袋さんの手伝いをしろってんだろ」
 力仕事を天国が、値札の貼替えとかレイアウトを俺が。
 天国の母ちゃんは発注だとか売り上げ計算だとか。
「俺は今日もう重いモノ持てねーぞ?」
「へへっ、その分俺の体力有り余ってるから」
「んじゃ、今日はお前に頑張ってもらうことにして泊まろうかな」
「おうよ」
 食べ終わったアイスの棒と袋をすぐ横のゴミ箱に捨てて、俺は天国と再び店のドアを開けた。
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