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ステアリングを握ってる時に「死ぬんじゃねえか」って思ったことは、今ンとこない。だからケンタにそんな話題を振られた時も、ないと答えるしかなかったし、そもそもそんな経験したくもねぇし、だからってわけじゃねえけどテクニックを磨くことに妥協はしなかった。それにそもそも自分の性分を考えるに、そんな場面に遭遇しても死ぬとは思わない気もする。
―そもそもあのスピードじゃあ死ぬんじゃねえかって思う前に死んでるんじゃねえか
少し、哲学的な話だと思う。まあそんなことを考えるともなしにぼんやりしていたら、アニキが何か言っていたのに気が付かなかった。ヤベと思いながら改めて横を見ると、珍しく苦笑を浮かべている。
「死んだ魚の目、とはいい表現だな」
鮮度の悪いどよんとした魚の眼を思い出す。今朝鏡の向こうにいた見慣れた顔はそんな目だったろうか。
「本当に大丈夫か?」
「乗っちまえば平気だろ」
「無理はするなよ」
木々に囲まれた道を抜け、いつもの集合場所が見えてくる。その駐車場にはふたつの人影があった。それがケンタと藤原だっていうのがわかるくらいには見慣れた形だ。
停車した車に寄ってきた二人がまずアニキに挨拶をしている。車から下りながら「よお」と声をかけると、藤原はいつも通りの少しムッとしたような顔で答えてきた。ケンタはニヤついていて、何を考えているのかよくわからない顔をしている。
「風邪でも引いたんスか?」
「あ?」
顔を上げると、藤原がいた。その向こうにはいつの間にかケンタとアニキが歩いている。少し珍しい。
「あ?って、人が心配してるのに」
「いや、わりい。ちょっとボーッとしてた」
「ボーッとって…熱があるなら帰ったほうがいいんじゃないスか?」
「そういう意味じゃネェよ」
「…ふーん?」
寝ても冷めても人の脳裏に焼き付いて離れない男の顔が目の間で動いている。不意にくるりとアニキたちの方を振り返った藤原が、また向き直り唐突に距離を詰めて来た。ほんの一瞬の唇が重なったあと、藤原がオレの横に並んだ。
「…」
「間抜けな顔してんの」
「!」
開いていた口を閉じた。藤原が踏み出した一歩に釣られて、並んで歩き出す。
「…前向いて歩いたらどうスか」
横を向いた顔をずっと見ていたことに気づき、慌てて前を向いた。ケンタとアニキはちょうど扉をくぐるところで、オレらを待つ気配はなかった。
何が、起こったのか。
「アンタ…啓介さんさ」
「あ、ああ」
「前言ったじゃないすか。捨てるなって」
「言った、な」
藤原はオレを見た。容赦のない一言が飛んで来る予感がして、ああ、これが死ぬんじゃねえかって言う予感なのか、と変なところで冷めた自分がいることを知った。
「オレ、啓介さんが別れたいって言ったって別れませんから」
「え?」
「なんか二股みたいかもしれませんけど、そりゃあ彼女は気になるし彼女にしたいって思うけど、オレは今啓介さんと付き合ってるし」
「その子と付き合えるってなったらどうすんだ?」
「…わからない」
「なんだよ」
「変に思うと思うんですけど」
「お前の変は今に限ったことじゃねえって、思ってる」
藤原が少しムッとしたのが見えた。どこか嬉しそうだが。
「それでもアンタとは離れたくない…し、涼介さんが」
「なんでそこでアニキの名前が出てくるんだ?」
「こ、この間涼介さんが」
「なんかしたのか」
「いや、したっていうかされたっていうか、何もされてはないんだけど」
「・・・アニキに聞いてくるからちょっと待ってろ」
「違う、そうじゃなくて」
「なんだよ」
「あの、それでも涼介さんを嫌だと思えなくて」
ふと、思い当たる言葉があった。八方美人という言葉だ。でもすぐに打ち払った。こいつが他人にムッとしたりするところを見てきたのだから、少なくとも好き嫌いはある。そもそもオレも最初は好かれている方ではなかった気がする。いや、どうでもいい存在だろうか。むしろ、アニキ相手に赤くなるこいつを思い出して、
「・・・アニキと付き合うってことか?」
「? 今オレは啓介さんと付き合う気しかないケド?」
「お、そっ、た」
「た?」
「タラシっ」
「藤原」
アニキの、声がした。
藤原と揃って前を見ると、アニキが階段の下まで降りてきていた。さっき入ったところを見たから、わざわざ降りてきたらしい。
「はい」
「その馬鹿にわかりやすく言ってやれ」
「?」
「オレを振るくらいにはお前にベタ惚れだ、って」
「!?」
そんなことはない、という声がした。その声は小さかったし顔は真っ赤でいつも通り唇を尖らせていたけれど。
その表情を見た途端に、胸からぶわっと湧き上がった何かが頬を赤く染めた気がした。
今ここで藤原を抱きしめたい。できればキスをしたい。そんなことをしたら恐らく殴られるけれど、今したい。知らず伸びていた手は、けれどアニキの一言で硬直した。
「でも、オレのことも嫌いではないんだよな」
「えっ?」
無意識に口から出た。しばらく頭のなかで反芻してから、動こうとしない首を横に回す。
そこにあった顔は赤く、そういえば先ほどのような小さな否定も聞こえていない。冷水を浴びせられた気がした。
息を吸った。
吐いた。
掌の汗がすごくてデニムに擦り付ける。
「なんでアンタそんなに自信ないんですか。いつも自信満々なくせして」
知らず下げていた顔を上げる。藤原と目があった。
「オレが付き合いたいと思ってるのはアンタだけだって、言ったと思うんだケド」
ぶわっと、また顔が熱くなったとき、かみ殺した笑い声が聞こえた。ハッとしてアニキを見ると、やはり笑っている。
「藤原、そのくらいにしておいてやらないと、こいつの血圧が心配だ」
「?」
そう言ったきり、顔をそむけて肩を震わせている姿なんて初めて見る。
耳の奥の血管から聞こえるような動悸がして、季節外れの汗を袖で拭った。
アニキの笑い顔が珍しいのか、ジッとアニキを見ていた藤原がふと思い出したように、
「あ、オレ、クルマ見たいので行きます」
といって階段を上がっていった。
「ああ」
「おう」
そして後ろ姿を見送って、同じように見送っていたアニキを見る。
フッと笑ったアニキに背を叩かれて、オレたちも階段に足をかけた。
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