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「なんかお前最近調子悪いのか?」
「え?いや、至って普通だけど」
「ふーん。恋の病ってやつか?」
「?」
久しぶりに会った友人にはそんなことを言われるし、この間の涼介さんは変なコト言うし、そういえばオヤジにも変な誤解?をされるし、最近悩みが多くて脳みそがパンクしそうだ。
朝の配達をいつも通り終えた帰りになると、前みたいにあの黄色い車がいるんじゃないかってなんか気になっちゃうし、正直会社にいるのが一番ほっとする。
いつの間にこんなに面倒な状況になったんだろ。
「はぁ」
「おいおい藤原くん。若い子がオジサンの前で溜息をつかないでくれよ」
「え?あ、すみません」
「その顔はわかってないなあ」
「あはは。まだ藤原くんは若いですから」
「そうだよなあ、10代だもんなあ」
「?」
よくわかんないこともあるケド、この空気好きだなあ。あれか、オヤジと話してばかりだからそういう耐性?とかが付いたのかな。
つい最近もこんな感じでいろいろ面倒だなあって思ったことがある気がする。アレはなんでだったろう。
「こっちの仕事頼めるかな、急ぎで入っちゃった」
「あ、はい」
まあ、いいや。後で考えよう。
「なんだ、お疲れだな」
「うん…なんかさ、今日やたら途中で仕事が入ってきてひとつのことに集中できなくて…疲れた」
「ふーん。ま、そういうこともあるよな。ま、それだけ仕事を任せられるようになったってこった」
「だといいんだケド。あ、風呂は?」
「入ってるぞ」
「先入ってくる」
「おう」
そういえば、という声がした。服を脱ぎながら返事をする。まあ後でいいかと言われたので、気にせず風呂に浸かった。ちょっとぬるかったけど、ほっとする。
髪を拭きながら居間に戻ると飯が準備されていた。どうやらオヤジがしてくれたらしい。
「アリガト。…いただきます」
「おう」
そういえば最近はオレが仕事を始めたこともあって、晩飯を作ることが減ったなぁ。このあんかけ豆腐なんて久しぶりに食べる気がするケド、変わってないや。
オヤジが飯を食いながらノートを広げた。数字がびっしり書かれている。
オレはそれをじっくり見たことはないけど、帳簿ってやつだってことはわかってる。自営業ってやっぱり大変なんだろうか。
考えてみれば、会社でオレや先輩たちがやってることを一人でやってるようなもんだもんな。仕入れとかも。
そういや、豆を作ってるおっさんが代替わりするとか――
「なあオヤジ、豆、あ、いや後で」
「おう」
電卓を叩いているオヤジの邪魔をするところだった。自分が電卓を叩くようになって初めてわかるな、こういうのも。
言われてもわからなくて、経験しないと理解できないことってある。たぶんオレが今悩んでることも誰かに聞いたってわかるもんじゃないんだろうな。
オヤジが電卓を叩き終わってオレが飯を食い終わる頃には聞きたいことも忘れてたけど、朝から引っかかっていたものがいつの間にか腑に落ちていてスッキリしていた。
なるようにしかならないってことだ。自分の気持ちだって、正直啓介さんと彼女とどっちが大事かなんて今はわからない。
ちぐはぐなようだけど、今はそうとしか言えないのだから仕方がない、よな?
啓介さんはハッキリした答えを聞きたそうにしてるけど、捨てるなとも言ってたし、それならそれで自分の気持ちがわかるまではこのままがいいって思う。少なくともオレは。
「…ダメかなあ」
「負けそうなのか」
「え?」
「何がダメなんだ?仕事でミスでもしたか」
「あー、ウン。ミスってわけじゃないんだけど、ひとつの仕事が気になりながらもうひとつの仕事をするって難しい?なって」
「そうだな。まあ豆腐を仕込むときは何かしながらってのはちょっとな。どっちかずつやりゃあいいじゃねえか」
「いや、どっちも大事っていうか」
「会社勤めだとそういうこともあるか」
「…ウン」
「そうだなあ」
オヤジが煙草に火をつけて一服した。オレはなんとなく目の前に積まれていた蜜柑を手に取る。時期外れだけど、たぶん誰かにもらったものなんだろう。
「どっちもやってみて、早く終わるなって方を極めるとか?まあ、そのうちやれるようになるもんだよ、そういうのもな」
蜜柑の酸っぱさに堪えてるとオヤジがそう言った。やっぱりそういうもんなのかと思う。
「慣れか」
「ま、そういうこった」
立ち上がったオヤジを見る。これから明日の準備をするんだろう。家に帰れば仕事がないオレに比べたら、働いてる時間は長いんだろうな。
ひとりでやるから気ままってのはあるかもしれないけど。
食器を片付けて部屋に戻って、寝そべってぼんやりと天井を見た。
啓介さんは怒る気がするし、涼介さんはなんとなく怖いし、今までと変わらない気がするけど少なくとも自分の気の持ちようだけは変わったから、すごく楽だと思った。
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