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「おかえり良守!桃、たくさんもらったんだよ!」
 ウキウキしながら父が言った。
 それを聞いた次男は顔を輝かせる。
「えっ、いくつ?いくつ?」
「んふふふ。それがねえ、なんと12個!」
「うおおおおお!!」
 叫びながら廊下を走りぬけ、最短記録と思われる速さで着替え戻ってきた少年は、
「父さん!台所借りる!」
「うん。頑張ってね!」
 エプロンをつけ三角巾を被り、袖をまくってじゃぶじゃぶと手を洗い始めた。
 キッチン横に置かれたテーブルには、箱に入った桃が鎮座している。
 桃が綺麗に並んだ箱から立ち上る芳しさに、少年はニマニマと品のない笑みを浮かべた。
「・・・お菓子の城に桃を使うのか?」
「いや、桃はタルトにするんだ。この間城の庭っていうか城壁?にタルト生地作ったんだけど余ってさ」
「へえ」
「って来てたなら先に言えよ!」
「やあ、良守」
「やあじゃねえよ!いつも突然なんだから・・・」
 ブツブツという少年の顔を、男が覗き込んでいる。
 顎鬚を撫でている姿が、少年から見れば胡散臭い。
「桃タルトねえ」
「なんだよ」
「俺は桃の甘さだけじゃ飽きそうだなあ」
「誰が兄貴に作るっていったよ!」
「なんで?」
「えっ?」
「いいじゃない、俺のためでも」
 少年に兄と呼ばれた青年が、やはり胡散くさいと少年に言われる笑みを浮かべた。
「俺にも作ってよ。持って帰ってみんなと食べるから」
「は?うちで食ってくんじゃねーの?」
「うん。ちょっと用事を思い出して寄っただけだからね。もう少ししたら帰るよ」
「なんだよ。生地あるからそんなかからねーけど、時間は大丈夫なのか?」
「まあ、大丈夫だ」
「ふーん・・・」
 男は甘味を食べることは好きだが、菓子作りに詳しいわけではない。
 特に興味もない。
 けれど黙々と菓子を作る少年をじっと見ている。
 器用に桃の皮を剥く少年を見て、俺には出来ないなあと男は思った。
「あのさー」
「ん?」
「カスタードとチーズクリームとどっちがいい?時間ないならジャムもいいと思うけど」
 待てよ、ヨーグルトもいいんじゃねえか・・・?
 ブツブツとつぶやく少年が冷蔵庫を覗き込んでいる。
 返事は特に期待されていない気がしたので、男は頬杖をついたまま沈黙していた。
 数秒後、少年の中で決まったらしく、冷蔵庫から満足そうな顔が出てくる。
「良守さあ」
「ん?」
「俺の告白覚えてる?」
「・・・・・・・・・忘れるわけねーだろあんなの」
「それは嬉しいな」
 キッチンで黙々と作業をする後姿ごしに、綺麗にスライスされた桃が見えた。
 部屋に桃の香りが充満していて、男は耐え切れずに桃をひとつ手に取る。
「はい」
「ん?」
「出来た。早く帰れよ」
「早いな」
「みんな待ってるんだろ?」
「うん、そうだね」
「ほらよ」
「随分大きい気がするけど」
「まあ、城の土台にしようと思ってたタルトだから」
「ふうん。結局中は何にしたの?」
「あ、カスタード・・・とヨーグルトムース」
「へえ」
「桃すげえ甘いから、さっぱりにしてみたんだけど」
「そうか。楽しみだな」
 やたら大きな紙袋を受け取り持っていた桃を入れ、男は立ち上がった。
 何か言いたそうな少年の顔を見て、動きを止める。
 視線を泳がせながらぶっきらぼうに、決して目を合わせようとしない少年は、
「一応・・・甘いの苦手なやつ用のとこあるから」
「・・・へえ。たぶんうちのやつらみんな甘いの好きだと思うけど」
「一人くらいいるだろ、苦手なやつ」
「うーん。まあ、そうかもな」
 じゃあな、とそっけなく告げた少年が、エプロンを外しながら自室へ戻っていった。
 どうやら兄を見送るつもりはないらしい。
 見送られるつもりもなかった兄が、また来るよ、と階段を上る少年の後姿に言った。
 少年は少し振り返って頷き、また階段を上りだした。
 
 
 
 
 
 
「わあ、桃のタルトなんて初めて!」
 手土産にいち早く気が付いた子供たちがあっという間に食卓を整えた。
 わらわらと集まりだす仲間たちに手早く皿と小さなフォークを渡していた少女が、箱から出てきたタルトに感嘆の声を上げる。
「見てえ!すごい!」
 40cmはある土台のタルトに、見事な桃の花が咲いていた。
 そういえばかなり難しい顔をしながら並べていたのを見ていた気がする。
「ここだけ葉っぱがあるよ」
「ん?」
「ほんとだ。桃の花と葉っぱかな?」
「これなんだろうね」
「とーりょー!」
「さあ、俺も知らん。ああ、でも確か・・・甘いものが苦手なヤツの場所がどうのと」
「じゃあここ閃に残しておいてあげよーっと」」
 みながタルトを囲んで嬉しそうな顔をしている。
 このタルトを作ったやつにも見せたかったな、と男は思った。
 男の下にも切られたタルトが運ばれてくる。
 先ほどまで会っていた少年が並べた桃が不器用に切られ、タルト生地もだいぶ崩れている。
「いただきまーす!」
 8人ほどの斉唱が聞こえた。
 男も一泊後れてから声を出した。
 崩れたタルトをフォークで刺す。
 周囲からは口々に喜びの声が聞こえてきた。
 手元の、美しく彩られていたタルトの無残な今を見て、男は何処となく寂しく思った。
 また実家に戻ったら、作ってくれるだろうか。
 鋭角に切られたタルトからポロリと桃が落ちた。
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