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「今初めて…自分の中の神聖な生き物を汚した気分だ」
瞳が触れ合うほど間近に相手を捕らえながら、息と共に吐露する。
唇の去り際に零されたぼやきにセリスは苦笑した。
「私はそんなに綺麗な生き物ではないよ」
渋面の弟に再度口付けながら、先ほどの余韻が残る唇を舌で軽くなぞり、ほらね、と微笑む。
「私にだって欲は有るし、汚い部分だっていっぱい有る」
「気分の問題だ」
そう言って、神聖視されることの多い兄の後頭部を掴み、悪戯っ子のような笑顔を強引に胸に抱え込んだ。
拍子抜けするほどあっさりと腕に収まった華奢な身体に小さく驚く。
抵抗する気配はない。
指先に感じる滑らかな髪、自分より少し高い体温、何故だか懐かしい匂い、彼を構成する全ての形。
それらをむちゃくちゃに破壊してしまいたい衝動と、かすり傷1つ付くことを許せない想いが、ない交ぜになる。
それなのに、彼の呼吸でじんわりと温もっていく胸にどこか安堵する自分が少し愉快だ。
「私は君の匂いが好きだよ」
くぐもった声が胸板を通して優しく響く。
何だか安心するんだ、とセリスは弟の背に静かに手を添えた。
彼に触れられた部分が熱を発し全身に火傷が広がって行くような錯覚に捕らわれながら、ユリウスはその想いを慎重に押し殺した。
壊れるのは自分一人でいい。
形の良い頭に頬を寄せきつく眼を閉じた。
全て消えてしまえばいい。
「私は君の手が好きだよ」
光など射さなくていい。
自分から安寧の寝床を奪う光など。
抱きしめる腕の力を強めても聞こえてくるのは軋む音。
つなぎ止める術を知らない。
抱きしめても抱きしめても壊れるばかり。
だから眼を閉じて。きつく。
闇の中には彼の温度、彼の匂い、彼の感触、彼の肌、彼の声、彼だけ。
「私は君の声が好きだよ」
「…セリス」
頬に触れるぬくもり
気高く白い
花 が
咲きこぼれる
あぁ 貴方が 笑っているのか
「もっと…もっと聞かせてくれないかい?」
嬉しそうに瞳を輝かせねだる。
「 セリス 」
白い花が笑う。
「セリス」
口付けの合間に名を呼んで
「セリス…」
名を呼ぶ合間に口付けて
「セリスセリスセリス…」
名前を呼ぶたび。
花が開くたび。
頬に触れるたび。
口付けをするたび。
距離が遠くなるのを感じる。
どうしても手に入れることができないものが
目の前にいた。
混濁した意識が蝸牛の這うような緩慢さで浮上するのをユリウスは他人事の様にとらえていた。
どれほどの時が経ったのかははかりかねるが、テラスから射す光は月によるものだ。
いつまでも横たわっている気にはなれず、寝台に身を起こす。
重たい頭を抱えながらふと隣を見ると、上に何も掛けず未だ眠り続けるセリスがいた。
心なしか顔色が青ざめて見えるのは夜闇の所為ばかりではないらしい。
首筋にははっきりと指の形に痣が残っている。
口付けと暴力の境すらわからなくなった自分がしでかした行為の痕だろう。
はっきりとした記憶はないが、白い肌に赤黒く浮かぶそれはあまりに痛々しい。
ユリウスは複雑な思いで兄の細い首筋にそっと唇で触れた。
一瞬柔らかな光が灯り、無惨な痣は跡も残さず薄れて消える。
毛布を被せそのまま寝台を降りようとすると微かな抵抗にあった。
振り返るとそこにはぼんやりと眼を開けたセリス。
弟の服の端を掴んで物言いたげに見上げてくる瞳はまだ夢の中のようだ。
「…セリス?」
問いかけると、返事の代わりにやんわりと微笑んで白い花は再び夢に消えていった。
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