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 理想の人なんていやしないと、友人にからかわれた。
 理想のうちのひとつを持った人ならいくらでもいて、つまり誰しもひとつは自分の理想に当てはまるから誰もが理想の人間だと、小難しいことを言う友人もいた。
 私はそこまで深く考えたことはなかった。ただ誰かの理想になりたかったのかもしれない。
 昨年ヒーローになった私は、私の理想に一歩近づいた。自分の理想の人が自分になってしまう恐怖を、その時初めて知った。
 
 
 
 
 
 
「よお」
 陽気な声が聞こえて、私は振り返った。
 こんがりとした顔の、マスクだけを外したヒーローが立っていた。先日どこかに遊びに行くと言っていたので、日焼けだろう。
「すごく日焼けしているね。痛くは無いのかい?」
「ん、ん?あーこのくらい普通だぜえ。お前は肌白いもんな。やっぱ弱いのか?」
「日に焼けると真っ赤になるよ。すごく痛い」
 そりゃ見てるだけでも痛そうだなあ、と笑う彼は私の理想に一番近い人だと、出会ってすぐに気がついた。
 私よりずっと先にヒーロー活動を始めた彼は、新人よりもずっと要領が悪く、よくモノを壊していた。
 それでもどんな状況にも飛び込んでいき人を助けようとする姿は、まさに自分の理想とするヒーロー像だった。
 そしてそれが仲間にとってひどく恐ろしいものであることを気付かせてくれた人でもある。
「僕はまだまだ幼いのだね」
「ん?」
「君は」
「あ、ちと待って」
 再びマスクをつけた彼が路地から駆け出していった。どうしたのだろうかと見送ると、その先には木に引っかかったハンカチーフを見上げる老女がいた。
 能力も使わず、ガシガシと木に登りハンカチーフを手に取った彼が飛び降りてくる。渡されたハンカチーフを握りしめた老女は何度も礼を言いながら去って行った。
「君は、いつでもヒーローなんだね」
 戻ってきた彼は怪訝そうな顔をした。当たり前だろ、と予想通りの返答に、私は少しむず痒くなる。
 私も当たり前だと思っていた、けれども。
 恐ろしく燃え上がる火の中にほぼ生身のようなスーツで飛び込む彼を。
 地上100メートルほどの屋上から足を滑らせた凶悪犯を助けるために、綱から手を離した飛べない彼を。
 ナイフを振り回していた男を取り押さえた直後に爆発した民家へ飛び込み住人を救い、腹に刺さっていたナイフに気付かせなかった彼を。
 どうして私は理想だと思っていたのか。
 どうして人々はただ壊し屋と言えるのだろうか。
 どうして、
「私は君のことがこんなにも気になるのだろうか」
「――は?」
「あっ、いやなんでもないんだ。気にしないで欲しい」
「なんだあ?俺に惚れたか?」
 笑う彼に触れたいと思うこの気持ちは、恋なのだろうか。
「おいスカイハイ、声に出てるぞ」
「え?」
「お前もヒーローになったんだから、俺に憧れるのはわかるぞ。でも俺に憧れるならレジェンドの」
「スカイハイ」
 聞き慣れた声に、私は振り返った。スタッフ達が迎えに来ていて、二人は私を羽交い締めにすると引きずり出した。まだもう少し話をしていたいのだが、サポートしてくれる人は大事にしろと彼が言うので、私は抵抗しなかった。
「また是非話して欲しい」
「おう。またな」
 角を曲がると青いスーツは見えなくなった。引きずられながら、彼の姿を思い出す。
 初めて素顔を見た日にも感じたこの鼓動の高鳴りは恋なのだろうか。そういえばまだ名前も知らない。
「声に出てますよ」
「錯覚です、スカイハイ」
「そうかな?」
「そうですとも」
 途中、彼のポスターを見かけた。端が破れていて、ずっと昔からそこに貼られていることがわかる。
 二人で撮った、ポスターとは言わない。写真が欲しいと思った。出来るならジョンもいれて。
「それ家族写真って言うんじゃ」
「シッ!」
 そうか!彼と家族になれば写真は撮り放題だ!
 私は心を踊らせた。宙に浮いたような気持ちでもある。
「実際今浮いちゃってますしね」
「着きましたよ」
 私のヒーロースーツがあった。また少し変わったらしい。より市民を守れるように私も頑張らねば。
「あなたは充分頑張ってますよ」
「そうですとも。きっと来年はキングオブヒーローです」
 そうだ!彼のヒーローになろう!早くジョンに知らせなくては。
「ジョンって誰です?」
「溺愛している犬だ」
「なるほど」
 楽しみだ。そして楽しみだ!
 
 
 
 
 
 
 
 彼が私の家に遊びに来るようになったのはだいぶ経ってからだった。家族になってほしいと言っても、彼は笑って誤魔化すだけで、それでも私の家に彼がいることが嬉しかった。
 彼との写真は真ん中に飾っている。他の写真はジョンだ。
 だから望みすぎたのかもしれない。
 だから恋した少女は現れず、暗い公園のベンチで隣にいる彼はふと泣きそうな顔をした。
 その日、私は彼と家族になった。共にシャワーを浴び、同じ布団に入り、同じリズムを刻んだ。
 それから彼は私の家に来なくなった。けれども心配することはない。彼は私の家族なのだから。
 トレーニングルームで相棒のバーナビーくんに叱られている彼を見る。楽しそうで何よりだ。私も嬉しい。
 日課を終えロッカールームに向かう私を、バーナビーくんが呼び止めた。深刻そうな、どこか怒ったような顔で歩み寄ってくる。
 私が何かしてしまったのだろうか。
「虎徹さんは」
「ん?」
「私の恋人です」
「!――そうか、それは」
 バーナビーくんの眉間の皺が深い。きっと自分の恋人を紹介するときの緊張や照れを押し隠しているのだろう。
 それにしても家族に恋人ができるなんて、とても嬉しいことだ。自分の家族が増えるようなものだから。しかもそれが彼だなんて、何故か誇らしいとさえ思ってしまう。
 誇らしいのだ。
 何故か私の心に何かが刺さったけれど。娘を嫁にやる父親のような気持ちというものなのだろう。
 何故だろう、声が出ない。
 ほんの少しして。所在なさげに視線をさまよわせた彼に、私はハッとした。祝いの言葉を待っているのだ、彼は、きっと。
「おめでとう!」
「!」
 そう、家族に愛する人ができた。こんなに嬉しいことはない。
 そして今日も私の家には私とジョンがいる。
 私は、幸せだ。
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